モスクワから帰った姉を出迎えて、ふたりは何時もよりいくらか遅く食卓についた。一寸席を立った姉がにししと歯を見せて笑いながら 秘蔵の白を持ち出してくる。弟は苦笑してグラスを二つ出した。主への祈りと、二人だけの乾杯。熱々のヴルストにフォークを突き刺す。 取り出したザウアークラウトを咀嚼して、ジャガイモを口いっぱいに頬張る。あれもこれもと手を伸ばす姉に、喉を詰まらせるなよ、 と諌める弟。マイセンが送ってきたブランドものの皿はどれもすぐに空っぽになり、グラスには何度も珠玉の白が注がれた。アルコールの 精にすっかり虜にされてしまったころに、ああと弟が席を立つ。ローデリヒが寄越したんだ、と言ってトレイを持って戻ってきた。トレイ の上の甘い匂い、ベルリーナじゃねえか。姉は上機嫌でそれに噛り付いた。弟もそれに続く。ワインの肴にゃ甘ったるいがな。ケセセと 姉が笑い声を上げて、その夜の晩餐は過ぎていった。安らかな食卓であった。
 姉が弟の寝室のドアを叩く。弟がああ、と返事すると、木造のドアがぎぎいと鳴って開いた。姉はそこに立っている。彼女はベッドに 腰掛けた弟に歩み寄り、ば、と両手を広げた。ギルベルトは笑った。



「食え」



 窓の外が騒がしい。しかし室内は不思議と静かであった。彼女の声が何に遮られることなく室内を通り過ぎた。



「俺を食らえ、ルツ」



 ルートヴィヒの表情が歪む。
 彼の口元が吊り上がり、犬歯が剥き出しになる。引きつった目元から水滴がとめどなく流れ出る。
 姉さん。
 涙でぐしゃぐしゃになった酷い顔で、ルートヴィヒはギルベルトを掻き抱いた。泣きながら、白い首元に牙を剥いた。反転する世界の中で 彼女は目を閉じる。






(―――イヴァン)






 十月三日、午前零時。
 窓の外で東西の民の歓声が絶えず響いていた。


愛しのベルリーナ Act.7