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 プロイセンはおっぱいが好きです。
 単純なことに、おっぱいというものは大きければ大きい程いいと思っています。
 幼なじみのハンガリーさんが聞けば、フライパンが飛んできそうな話ですが、きっとフライパンを振り上げた瞬間にふるんと揺れる豊満なハンガリーさんの胸元に目を取られて、毎度
  のようにガツンとやられてしまうでしょう。
 プロイセンはおっぱいが好きです。いつかのように生でハンガリーさんのおっぱいが見ることができるなら公国だったころに戻ったっていいと思っていますし、去年の夏に訪れたセーシ
  ェルさんの健康的な純白の水着の下にある小麦色のおっぱいに良からぬ妄想を膨らませていましたし、少し前にロシアさんのうちにいた頃は、ロシアさんのお姉さんのばいーんどどいーん
  とけしからんおっぱいにふかふかされたいと祈りながらコルコルされていました。
 だからといって、
 こんな状況を望んだ覚えはさっぱりありませんでした。
 
 
 
 「…ふぁ…?」
 
 
 
 プロイセンは最初、自分が寝ぼけているのだと思いました。休日返上して弟が半日かけて整備した庭の芝生に寝っ転がって、うたた寝してしまったようです。寝ぼけ眼をワイシャツの
  袖でぐいぐい擦って、長い睫毛を瞬かせて、上空を見上げます。
 
 
 
 そこには、一つのおっぱいが浮かんでいました。
 
 
 
 「…ふぁああああああ!?」
 
 
 
 夢ではありません。繰り返しますが、夢ではありません。雪山のような純白の頂上に、熟れた苺にも似た乳首がぽとりとひとつ。初夏の太陽の恩恵を受けて、白い肌を輝かせるおっぱい
  が、そこに浮かんでいます。しかも、何やらごうんごうんと、不穏な音を立てて、そのおっぱいはプロイセンのほうへ近づいていました。
 プロイセンはおっぱいが好きです。でも、おっぱいに飛び込みたいと思ったことはあっても、おっぱいそのものに飛び込んできてほしいと思ったことはありませんでした。我に返った
  プロイセンががばと身を起こしたときには、巨大なおっぱいは、プロイセンの目線と同じところまで降りてきていました。エトリッヒ・タウベが上陸するときのように、芝生の上に風圧の
  波紋が生まれ、そしてズゥンと音を立てておっぱいが芝生に降り立ちました。
 プロイセンは開いた口が塞がりません。既にプロイセン脳内のプロイセン軍は元帥も将軍も佐官もてんてこまい、指揮系統はバラバラです。機能不全の脳内プロイセン軍を尻目に、お
  っぱいは悠然とそこに鎮座しています。すると…何ということでしょう。おっぱいに、長方形の切れ目が入り、プロイセンに向かう形で開いたのです。脳内プロイセン軍に緊張が走ります。
  段差がついたそれは、階段のようです。SFか何かか、とプロイセンは他人事のように突っ込みました。
 
 そして、足音が聞こえたのは、それから間もなくです。こつん、こつんと、硬質の音がおっぱいに反射します。身構えるプロイセン。その赤い瞳は、混乱の色を宿しながらも、正体不
  明の来訪者の姿を一目も逃すまいという強い決意が宿っていました。
 そして、おっぱいに乗ってやってきたのは、
 
 
 
 
 
 
 
 「グーテンモルゲン、俺はおっぱい星からやってきたライヒ様だ」
 
 
 
 
 
 
 
 ドイツでした。
 
 
 
 「ヴェ、ェエエエエエエエ!!??」
 
 
 
 プロイセンが盲目的に慕うイタリアちゃんのように、口の形をWにしてプロイセンは叫びました。おっぱいから降りてきたのは、プロイセンの弟、ドイツだったのです。ゲルマン民族
  を体現するが如き金髪蒼眼も、プロイセンのスパルタ教育の賜物であるむきむきも、紛うことなく弟ドイツのものですが、しかし弟には目の前の自称・ライヒ様のようにぴょこんと
  触覚が二つなんて生えていませんし、上半身裸で星型のニップレスなんて付けていません。断じていません。
 
 
 
 「ヴェストォオ!!何やってんだ、おっぱい星人になれなんて規則作った覚えねぇぞ!!!!」
 「無礼者め、何を言っている。俺はヴェストではない。おっぱい星のライヒ様だ」
 「ライヒ様でもケーニヒ様でも何でもいい、とりあえず服を着てくれ。頼むから」
 「ふざけたことを言う。これはおっぱい星の正装だ」
 
 
 
 ドイツはふんと豊かなおっぱいを実らせた胸を張ってそう言います。ただし、正真正銘そのおっぱいはマッスルです。いつかのハンガリーさんの言葉のようにマッスルがおっぱいなの
  でなく、おっぱいがマッスルなのです。もうプロイセンはどうでもよくなってきました。端的に言うと、もう諦めたくなってきました。
 
 
 
 「…で?そのおっぱい星のライヒ様は、一体何をしにいらっしゃったので?」
 
 
 
 諦め顔のプロイセンが言うと、ドイツは先程まで無礼な態度を取っていた男が自分の権威を認めて殊勝な対応に出たのだと思って、満足げです。「最初からそういう風に対応していれ
  ばいいんだ」と、触覚を揺らして、うんうんと頷きます。プロイセンは何がいいのかよく分かりません。
 
 
 
 「無論、お前たち原始人と交流を図りに来たのだ。分かるだろう?我々とお前たちの文明の違いが」
 「分かりません、分かりたくありません。上半身むき出しな時点で俺らのほうが勝ってる気がします」
 「何を言う!」
 
 
 
 げっそりしたプロイセンとは対照的に、今度はドイツはプロイセンの投げやりな発言に腹を立てたようでした。普段のドイツならプロイセンも思わずぞわりと鳥肌を立ててしまうで
  しょうが、今のドイツは訳の分からない触覚を生やしている上に星型のニップレスをつけた変態です。いつものように眉を寄せて強面を作っても笑うしかありません。
 とりあえずこの場からどうやって離れようか、どうやってこの悪夢から逃れようかとプロイセンが脳内参謀会議を張り巡らせている、その一瞬でした。一瞬で、ドイツは低く身構える
  と、タックルするようにプロイセンの懐に飛び込みました。たとえおっぱい星人であっても、ドイツはドイツです。プロイセンは、むきむきのおっぱい星人にいとも簡単に急所に忍び込む
  ことに成功させてしまいました。
 
 
 
 「ぎゃぅっ!てめえっ、何しやがる!」
 「おっぱいを隠す原始人よ、先程、俺の服装を疑問に思っていたな」
 
 
 
 ドイツはプロイセンを両腕ごと抱きすくめて、耳元で呟きます。肌を伝っていくような低音に、プロイセンは動けません。ドイツはするすると視線を落として、プロイセンのワイシャツ
  のボタンの、二つ目あたりに端正な顔を寄せます。
 そして、プロイセンの右側のおっぱいに、ちゅ、と吸いつきました。
 
 
 
 「ふぁぁあんっ!」
 
 
 
 隙だらけのプロイセンは、予想だにしない刺激に情けない声を上げました。「や、めろぉっ」と静止の声を上げるプロイセンを無視して、ドイツはちゅっちゅっと繰り返し
  プロイセンのおっぱいにむしゃぶりつきます。ワイシャツ越しの中途半端な愛撫に、プロイセンはぎゅっと瞼を閉じて、睫毛をふるふると震えさせます。
 ワイシャツの右胸がドイツの唾液でべたべたになると、次は左。絶え間ないおっぱいへの刺激を受けても、プロイセンは反撃できませんでした。だって、ドイツの、いいえライヒ様は、
  信じられない程テクニシャンだったのです。ライヒ様の舌は、おっぱいから脳細胞のひとつひとつにまで、電撃のような快感を伝達してくるのです。これでワイシャツという異物を挟んで
  いるのですから、直接刺激を与えられたらどうなるか。プロイセンは夢のように熱くなった頭の中で夢想すると堪らなくなります。
 
 
 
 止めないで!
 もっと舐めて!
 
 
 
 プロイセンの頭の中で電光のようにそんな言葉が現れたとき、ドイツの舌がさっと離れて行きました。プロイセンの中で、オーストリアさんの弾くトロイメライが終止符直前で終わっ
  てしまったような感覚がありました。
 もしも、プロイセンの望み通り行ってしまったらどうなっていたか…?プロイセンは恐ろしくて考えるのをやめてしまいます。
 
 
 
 「は、ぁあっぅん、ら、ライヒ様ぁ…」
 「理解したか?これがおっぱい星の挨拶なのだ」
 
 
 
 ドイツは抱きしめてきたときのように、スルリとプロイセンを手放してしまいます。「あッ、」プロイセンは当然のように自分がドイツに名残惜しげに手を伸ばしたのに驚きました。
  プロイセンの左手は、駆け抜けた快感をふたたび求めるかのように指先を震えさせています。
 
 
 
 「ライヒ、様ぁ、もう一回、もう一回だけ…」
 「…む、もうこのような時間か。すまんが、俺は帰る規則になっている」
 「!やだぁ!ライヒ様、行っちまうなんて許さねぇぞ!ライヒ様!!」
 
 
 
 プロイセンが甘やかな余韻から抜け出して、ドイツを呼び止めようとした時には、ドイツは巨大なおっぱいの中に戻っていました。長方形に開いたおっぱいの壁は、主人の帰還に
  反応して、瞬く間にシュン、と音を立てて閉まってしまいます。プロイセンの目の前で、巨大おっぱいは現れたときと同じようにぐおんぐおんと上空に浮き上がり、そのままプロイセン
  の届かない所まで行ってしまいます。おっぱいの部分だけべたべたになったワイシャツを着たプロイセンを残して、憎いくらいの青空に、雲よりもずっと鮮明に白いおっぱいは、やがて
  薄らとぼやけて、消えてしまいました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「…ぷわぁあっ!?」
 
 
 
 プロイセンはがばりと身を起こします。は、は、と激しく息をして、一番最初にしたことは、ワイシャツが濡れていないかということです。ワイシャツは寝乱したせいでくしゃくしゃに
  なってはいますが、濡れてはいません。プロイセンは、何て夢をみたのだろう、と激しく落ち込みました。おっぱい星って何だよ。そもそもおっぱいを隠す野蛮人とか言ってたくせに、
  自分はニップレスで隠してたじゃねぇか。
 はた、と冷静になって気付くと、腰のあたりが重いです。明かりのない寝室の暗さに目が慣れてくると、やっと原因がわかりました。
 弟ドイツが、抱き枕とでも思っているのでしょうか、プロイセンの腰にぎゅうと腕をまわして眠っていました。上手く状況が掴めませんが、今日は弟は出勤だった筈です。ビールでも
  入れて帰ってきたのでしょう。弟からは酒臭いにおいがします。心なしか顔も赤いです。
 きっと疲れているのだろうな、とプロイセンは、今の今まで見ていたおかしな夢も忘れて、ドイツのかっちり固めた前髪を優しく下ろしてやります。ドイツは、眠りの中にあっても
  それを感じたのでしょう、むにゃむにゃ口を動かして、にいさん、と呟きます。
 
 次にドイツの口から零れ落ちた寝言に、プロイセンはぴしりと表情を凍らせてしまいました。
 
 
 
 「兄さん…おっぱい、ちょうだい」
 
 
 
 プロイセンから、さーっと血の気が引いていきます。空の上から、ライヒ様が仁王立ちして王者の笑みを浮かべている気がしました。
 
 
 
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