「おはよう親父、おはようルツ」 家族写真のひとりひとりに挨拶を済ませる。木製の写真立ての中では、レンズを向けられた生前の親父と幼い俺、それよりもっと幼い弟
がはにかんでいる。平凡な家族写真、俺の宝物だ。関節をぱきぱき鳴らしつつ未だシーツの中にあった両腕を伸ばし、写真立てを掴んだ。 顔を寄せて、過去の親父と弟にそれぞれキスをする。俺って今凄く間抜けな顔してんだろうなあ。 「は?なんでこんな早くに起きてんだ、俺様」 俺は欠伸を噛み殺しつつ呟いていた。怠惰な俺は普段、10時までは確実に熟睡している。何故こんな時間に目を覚ましたのか。一人首を
傾げるが、起き抜けの頭は思考を拒否する。あー別にどうでもいいや、もう一回おやすむぜ。いやー二回寝れた気がして幸運だ。さあ寝るか。 「『アルビオン』…だと…?」 俺は背中に乗っけたシーツを手繰り寄せ、震える指先でその端っこを握り締める。冷や汗が背骨を通り過ぎる。 そして、今の教会には親父も弟もいない。つまり。 「海賊…か?」 自然と口から結論が出て行く。俺は自分が吐いた言葉に震えた、寒気がした、戦慄を走らせた!馬鹿な!そんなことが有り得るか!
そりゃ俺は運が悪い、そりゃ俺は不憫だ。だからってこんなことあるもんか。俺は善良な牧師の息子だ。まあこのベッドの下にはちょっと 人には言えないコレクションがあるけど!神様、あなたを裏切ったことはありません、マジで!聖書に頭乗っけて居眠りしたことあるけど!
それ見たルツが「お前の信仰心は紙切れか!」って全力で頭ぶってきたけど! ぎい、とドアの開く音がした。鍵なんて付けてもいないドアは俺を欠片も守ったりせず、素直に侵入者を受け入れやがった。親父でも
ルツでもない誰かが、俺の部屋を開け入ってくる気配がする。目を閉じたまま俺は無心になる。俺は見えない、なーんにも見えない。精々 エロ本くらいしかない机でも漁って出てってくれ、できたら無闇な殺生はやめろ。要するに、見逃してください。 「バレバレだぜ、兎ちゃん」 鼓膜を揺らしたのは酔いが回るくらい甘い男の英語だった。全身が一気に硬直する。だよな、バレるよな、普通気付かない訳ねーよな!
分かってたよ!殺すならさっさと殺してくれ! 「グッモーニン?」 ひゃ、と俺は小さく声を上げる。全身が石のように固まって、動けない。俺はこれから殺されるんだろーか、それともアフリカにでも売り
飛ばされるんだろーか。俺の内心なんて知りもしないだろう、男はなおも顔を寄せてきた。おい、何すんだ、ちょっと待て、触れる触れる 触れる! 「ふぁあああああああ!?」 俺は渾身の力で男を突き飛ばした。こいつは何を考えているんだ!男は、今にも触れそうだった顔と顔をなおも引き寄せて、俺の右の
眼球を舐めたのだ。男のやけに赤い舌に胸がばくばくと不規則な鼓動を刻む。何を、何を考えているんだ! 「面白ぇ」 男は立ち上がった。身長は俺と同じ位だが、体格が違う。荒波で鍛えられたであろうそれは、教会育ちの俺とはものが違う。さっきのは
マグレだ。抵抗なんてできそうもない。しかし男が吐いた不可思議な言葉に、またもや俺は動けずにいた。抵抗する気も、逃げ出す気も、 不思議と湧き上がってこない。「決めた」男はくい、と俺の顎を持ち上げた。
はぁああああ!!!??? 「ふっ、」俺の口から自然と声が漏れる。一瞬俺は、目の前にいるのが恐ろしい『アルビオン』の海賊だということを忘れた。 「ふざけんな!何がマリアだ!!」 ドイツ語で喚く俺を気にも留めず、海賊は持ち上げた俺の顎を引き寄せた。先程のように、触れるところまで顔が近づけられる。また、
さっきのようなことをするのではないか。俺は反射的に目を閉じた。男はそれが不満だったようで、「目を見せろ」とドスの聞いた声で 言いやがった。俺は素直に従う。 「いいか、ネンネのマリア。お前は俺の手に入れたお宝だ、オンボロ教会から略奪したお宝だ。海賊が奪ったお宝が辿る道は二つだ。一つ
は、大人しく船までお持ち帰りされること。そうでなけりゃ」 俺は男の言ったままの言葉を返す。男は笑った。憎たらしいくらいにいい笑顔で言い放った。 「徹底的に、ブチ壊す♪」 まあお前の場合ケツの穴中心に、付け足された不穏すぎる言葉に背中あたりが震える、もっと言えば男の指摘した部分に悪寒が走る。
最悪だ、最悪すぎる!緑の瞳の男は答えを求めた。Yes or No?答えは決まっている。俺は目を伏せた。どーしようもない。緑玉から目を
逸らしたまま、小さくJaと呟いた。途端、男は俺の顎から手を離して抱き寄せる。 「なっ、何すんだ、てめぇ!」 は? 今この男は、なんと言った? 「…キャプテン・カークランド…?」 この男が。
カークランドは俺を抱き上げて、教会を疾走した。あー、俺ってやっぱり不憫すぎるぜ。 |
I'm a pirate star!
09/07/22