繰り返される繰り返される繰り返される迷い道のなかで頭を抱え込んだ男の隣で、
かつてこの男はひたむきに理想を叫ぶ男であったことを思い出した。
誰も領土を奪われない、
誰も財産を奪われない、
誰も戦争なんてしない、
誰もが等しく富を与えられる世界を。
そう、ひとりきりで叫んでいた。
どうして世界はこのこどもが見た夢を許してやれなかったのだろう。
どうしてこのこどもの夢を叶えてやれなかったのだろう。
どうして俺たちはこんな風にしか生きられないのだろう。
「ロシア!」
駆けだした男に、プロイセンの言葉は届かなかった。ごめんなさいと赦しを請いながらプロイセンの内側をめちゃくちゃに掻き混ぜたあの男は、途端に我に帰ったようになって部屋を
飛び出していった。「…シャイセ!」取りとめなく湧きあがる激情のままに、コートをだけを羽織ってロシアの寝室を出る。なにに怒っているのか自分でもわからなかった。あの男の
横暴がいい加減頭にきてはいたけれど、言葉にしようがない感情が沸々と頭の中で湧き立っていた。あれをあんな子供にしたのはだれだ。あんなに縋るものひとつなくて泣き叫ぶ子供に
したのはだれだ!ただドイツ語の罵り言葉を繰り返した。行き場のわからない感情をスラングで吐きだした。感情のままに屋敷の外へと走り出る。外はひどい吹雪である。コート一枚きり
に覆われただけの柔肌には耐えがたい寒さであるが、白い視界の向こうに見えたびょおびょお靡くマフラーに、からだの震えは吹き飛んだ。
「ロシア!」
「来ないで!!」
プロイセンが張り上げた声に、ロシアは癇癪を起こしたかのようにヒステリックに叫び返した。冬の王に愛された子どもは、モスクワの大吹雪の中でひとり、立っている。泣きながら、
泣きながら、そこに立っている。
「来ないでよ!君だっていつかは弟の所に帰るんだ!リトアニアも!エストニアもラトビアも!ベラルーシや姉さんだってそうだ!皆そうだ!皆僕を置いていくんだ!!皆いちどは家族に
なってくれたのに!皆だ!皆僕を置いていく!人間だってそうだ!僕を捨てていく!理想を叫ばせて、理想のために僕におなじ国民を殺させて!もうたくさんだ!皆が僕を恐れる、国も
国民も!それで僕を置いていく!皆そうだ!皆そうだ!!置いていくくらいなら優しくしないでよ!!皆いなくなればいいんだ!!!僕以外の皆、いなくなればいいんだ!!!!」
「ロシアァアアッ!!!!!」
プロイセンの一喝に、
ロシアの慟哭が止まる。プロイセンは一歩ずつ、音を立てて深く深く積もった雪を踏んでいく。みし、みし、足の下で雪が鳴いて、ロシアに近付くたびに、「ひっ、」とロシアは怯えて
泣いた。
ロシアの紫と、プロイセンの赤が向かい合ったとき、プロイセンは吹雪に紛れないように、この世界の冷たすぎる風に打ち消されないように、声を張った。
「分っかんねぇよ、お前の考えてることなんて!お前、一度だって俺やリトアニアや姉ちゃんたちにどうしてほしいか正直に言ったことあんのか!?言わないでいたって伝わるとでも
思ってんのかよ、甘えてんじゃねーぞクソガキ!!!」
罪を背負った右足と左足を進めて、罰を背負った右と左の手のひらでロシアの頬を包み込む。
「…言え、ロシア。お前は、俺にどうして欲しい」
うぇ、
と、ロシアは泣いた。顔を歪めさせて、冬の王の吐息に身を震わせて、子どものように泣いた。「ぼくは、」世界に押しつぶされそうになった子どもは、罪ばかりを積み上げた子どもは、
叫ぶ。
「ひとりはいやだ。傍にいて」
うわぁあああん、と本格的に泣きだしたロシアを抱きよせる。これまで置き去りにされてきた子ども。図体ばかりが立派な子どもが背中に回した腕は、肺を圧迫してきて少々苦しい。
「…よしよし、泣くんじゃねぇよ、みっともねぇ」あやすようにして背中を軽く叩いてやる。あれ、こいつって案外可愛いんじゃねぇ?なんて思ったのは多分気のせいじゃなかった。
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