うちのお隣さんは滅茶苦茶に頭が固い。あまり知る国はいないかもしれないが、末っ子気質で甘えん坊。それからドSだ。
 最後に付け足したのは蛇足だけど、結局どう言おうともルイは肉親を、言ってしまえば兄を凄く愛している。兄というのは勿論ジルベール なわけだけど、あいつもまた弟を凄く愛している。アムールが溢れてるね、素晴らしいことだね。愛の国たるお兄さんは、百年前から ジルベールとジルベールが擁するルイを微笑ましく、また憎たらしく見てきたけれど、常々に思う。この兄弟は、異常だ。

「ルイ、お止め」

 異常と言ったって、この所とみに眉毛が立派な坊ちゃんと大西洋の向こうの大国くんや、北国の一応友好国とその物騒な妹ちゃん、胸の 造形美が素晴らしいお姉さん位しか兄弟という存在の比較対照はないけどね。ご近所さんたちは、そう例えば顔だけはいいオーストリア なんかは知ってるんだろーか、この兄弟の異常さを。いや、そもそも異常だなんて思ってるのはお兄さんだけなのかしらん。ゲルマン民族 は皆こーなの?しかしお兄さんも一応、ゲルマンの末裔ではあるんだけど。お父様にでも教えて欲しいところだね。
 お隣さんの片割れ、弟の方が、お兄さんの上に跨っている。ゲルマンという民族の特徴を凝縮したような容姿は、お兄さんとしても多少 触れてみたい欲求はないことも無いんだけど。尻も柔らかいしね。まあそれはいいや。ジルベールが百年前並に射殺す勢いで邪魔をするから 手を出せなかったというのもあるけど、結局ルイはお隣さんなわけ、二、三百年越しの友人の、可愛い弟くんなわけで。お兄さん味見くらい はするけど、恋人に向けるような食指は動かないね。お兄さんは愛の国だから、尻触ったりはするけど。
 ルイの瞳は、何時ものアイスブルーより少し紫がかっている。興奮でもしてるのかね、まったく止めて欲しいよね。俺の制止を無視して、 にいさん、と熱に浮かされたような声で呟く。あいつの前でだけ呼ぶ名前で。

「兄さん」

 この兄弟は異常だ。というのは、まだジルベールがルイを擁しはじめたころから思っていたことだ。ルイの存在を知る国は本当に少な かった。ジルベールがあえて口には出さなかったから。酒の席で不意に出たから知り得たものの、ジルベールを惑わした酒精が無ければ、 俺とそれからアントワーヌはジルベールが滅びの道を歩み始めたことさえ知らなかっただろう、お兄さんの家で忌々しい即位の儀が執り 行われるまで。
 俺やアントワーヌは自然、信じていた。ジルベールが「ドイツ」になるのだと。それ以外に何があるの?実際「ドイツ」になったのは ルイだった。俺とアントワーヌは、それこそ根掘り葉掘り聞いたね。何でお前がドイツにならないの?お前はそれでいいの?
 ジルベールは頬を染めて言ったのさ、ルツは俺の全てだ、とね。後で思ったけど、正直気持ち悪かったね。だってあの男は死ぬと宣言 したんだから。ルイのために死ぬんだと宣言したんだからね。俺たちは国だよ?肩を組んで、足並み揃えて、ランラン、なんてしても、 結局根本にあるのは憎悪だ。俺とアントワーヌ、他のたくさんのご近所さん、それらを隔てる国境というものは、結局憎しみと独占欲の 鎖だ。共生なんてできっこない。ただ飽き飽きしているんだ、俺たちは。だから共存しようと試みる、EUなんて作ってみたりもする。
 ルイはひとつふたつ、お兄さんのワイシャツのボタンを外して、胸毛に顔を埋める。すーはーすーはー、深呼吸。「にいさん」うわあ 気持ち悪い。ジルベールは現在、ロシアで外交中だ。きっと今頃、何だかんだ言って結構付き合いの長いロシアに引き止められてんだろう なあ。嫌いだ嫌いだと言いながらも、あいつも人がいいから、仕方ねーなとか言いながらジャム舐めたりしてんだろうなあ。EUの仕事に 忙殺されて、数日家にも帰れないでいたのを、見かねた上司がジルベールに仕事を回したのだ。マドモワゼル、貴女は賢い人だが、 今回ばかりは間違いだね。漸く帰宅したルイは数時間も経たない内にお兄さんちに押しかけてきた。兄さんがいない、兄さんがいない。 直前に電話して、状況を知ってたお兄さんが説明してあげたら、その日は大人しく帰った。で、三日後の今日はこんな感じ。まだジルベール は帰らない。

「兄さん」

 ルイはとうとう俺のワイシャツのボタンを全て外してしまった。外気に触れた臍が冷たい。要するにうちのお隣さんは、兄を凄く愛して いる。何時如何なるときも兄を感じていなければ気がすまないのだ。代わりにお兄さんを使ってでもね。やーん、お兄さんったら当て馬、 ダッチワイフ。きっとこの弟は兄を妖精かなにかだと思っている、信じていなければ、絶えずその実在を信じ続けていなければ、消えて しまうから。そう、信じ込んでいる。
 ルイのごつごつした指先がベルトにかかる。全くもう、いい加減にしてほしいね。早くジルベール帰ってこないかな。


ティンカーベル

09/07/17