ヴェルフェディリオが食卓を出て向かったのは、ジグムントの執務室だった。ジグムントが、妻であるユージェ二ーに惹かれていることが分かった以上、ユージェニーを慰めてやるのはヴェルフェディリオの仕事ではない。ただ、あのホドのこともキムラスカからやってきた花嫁のことも大切に思いすぎているやさしい親友の背中を、少しだけ押してやればいい。
「入りますよ、ジグ様」と軽やかにノックをするが、返事は聞こえない。不審には思ったものの、構わず扉を開けるとやはりそこにはジグムントがいた。ヴェルフェディリオから背を向けている形で立っている彼を、そしてその手に握られているものが見えて、ヴェルフェディリオは目を見開いた。
「うわわわわっ、宝刀ガルディオスなんて持ち出して何してんのお前!まさかセツィに叱られたショックで自害したくなった!?」
「誰がするか、馬鹿者!」
ぶんっとでも効果音がつきそうな勢いでジグムントが向き直り、ヴェルフェディリオを睨みつける。ジグムントの手の中にある剣がこちらに向けられでもしそうなので、「ジョークですって、ジョーク!」と弁解すれば、ジグムントはため息をついて納刀した。くるり、と真円を描いて鞘の中に吸い込まれた刃は、ジグムントがその主であることを言葉なくとも感じさせた。
宝刀ガルディオス。代々ガルディオス家に受け継がれてきたその剣は、正統なるガルディオスの人間が振るうときその刀身を蒼く輝かせる。ジグムントが振るうそれももちろん彼の瞳と同じ蒼い輝きを宿している。剣の腕は彼の父ジークフレデリカと比べて凡庸なジグムントではあるが、彼より宝刀ガルディオスを振るうにふさわしい人間をヴェルフェディリオは知らない。
「…考えていた」
ジグムントはガルディオスの柄に手をやって言った。ホドの主たるガルディオス家代々の当主に振るわれてきた、宝刀ガルディオス。今それを振るう者として在るジグムントが背負うものは今のホドだけではない。過去の、未来のホドだ。
「彼女はキムラスカの人間だ。両国の関係が悪化すれば、真っ先に糾弾されるはずの人だ。キムラスカが彼女に諜報を働かせようとしていることも考えられる。それらは、ホドを窮地に追いやるだろう」
しかし私は、彼女を好ましく思う。
そう、ジグムントは言った。それは敵国のスパイに向けた言葉ではなくて、ひとりで泣いているさみしい少女に向けられた言葉だった。
「私は、ホドの領主だ。この剣に込められた覚悟を知っている。ホドを背負う覚悟、この命を懸けてホドを守る覚悟だ。彼女を受け入れることは、彼女がもたらす未来すべてを受け入れることだ。それが悲劇であれ、何であれ」
「ジグ…」
「私は怖い。私が、ホドを滅ぼすやも知れないことが」
ジグムントを知らぬ者が今の彼を見れば、当惑するに違いない。披露宴であれだけ辛辣な言葉を投げた青年と、ヴェルフェディリオの目の前で苦悩するジグムントとは結びつかない。しかし、ヴェルフェディリオは思う。どれもこれもジグムントなのだ。ホドを愛するジグムント、故にホドを害する存在に敵意をむき出しにしたジグムント、そして傷ついたあの少女のこともまた愛そうとしているジグムント。彼女を受け入れることで、自分がホドの破滅をも呼びこむことを恐れているジグムントも、すべて。
ヴェルフェディリオは、ジグムントに歩みを進めた。ジグムントの鼻先が触れようかとするところまで歩み寄って、そこでヴェルフェディリオはため息をついた。そして、ジグムントの肩をがばっと抱いてやった。
「ヴぇ、ヴェルフェディリオ?」
「あ〜あ〜お前って奴は、いつまでもめんどくせーこと考える奴だな!ユージェニー様のこと、嫌いじゃないんだろ?酷いこと言っちゃったけど、本当は仲良くしたいんだろ?だったら、それだけでいいっつの!お前はお前の周りにいる奴を誰だと思ってるんだ、俺様『神の右手』に『レディ・バロック』、ナイマッハの『白鷲』だぞ?例え世界を敵に回そうったって、負けると思うか?」
「…お、思わない!」
「だったら、お前の思う通りにやっちまえ。ユージェニー様のことが好きなら、そういう風に接してやれ。それでもあの方がキムラスカの人間であることに引け目があるってんなら、あの人をホドの色に染めちまえ!キムラスカの深窓の姫君を、お前の手で攫っちまえ!
…だからなあ、ジグムント。俺らに気ぃ遣わなくていい。俺らは、お前の選択を信じるよ」
ジグムントの肩を引き寄せて、自分の胸に埋めてやる。しばらくの間ジグムントはそうしていたが、やがて小さく呟いた。「…おまえはずるい」「何がだよ」「いつだって私を一番勇気づける言葉を知っている」、ジグムントは顔を上げた。少し離れれば、いつもと同じジグムントの笑みがあった。久し振りに見たような気がして、懐かしかった。
「ありがとう、ヴェルフェディリオ。お前は私の、最も信頼のおける友だ」
「そりゃどーも」
お前の言う通りにやってみよう、そうジグムントが言ったのをヴェルフェディリオは背中で聞いた。ジグムントの言葉が気恥ずかしくてならなかったのだ。ジグムントという奴は自覚ナシのくせをして、人ったらしだ。『レディ・バロック』も『白鷲』もジグムントを敬愛するが故にホドの騎士たり得ている。そこに自分も含まれるのだろうな、と考えるとこっぱずかしくてたまらないが。
「…ま、深く考え過ぎんなってこと。今すぐにとは言わねぇけど、少しずつユージェニー様に歩み寄って行けばどうよ?そしたら…」
そう、ヴェルフェディリオが照れ隠しにいつもの軽い調子で言って振り向いたときには、執務室の窓は開け放たれていた。ヴェルフェディリオが見たのは、そこに足をかけるジグムントである。よいしょと声を上げて窓枠を乗り越えるジグムントをヴェルフェディリオはあんぐりと口を開けて見送った。乗り移った背高のっぽの木がわさわさ揺れる音、幹を伝ってジグムントが歩く音、そして一階下の、つまりユージェニーの私室の窓を叩く音。案の定、次に響いたのはきゃああああという絹を裂いたようなユージェニーの悲鳴だった。
「…おいおいおいジグムントぉおおお!!確かに深窓の姫君攫えとは言ったけどそのまま実行するんじゃねぇえええ!!無駄なとこで行動力発揮するんだからこの子は!!!」
窓から身を乗り出して叫んだヴェルフェディリオであるが、やがて2階の窓から嘘のように白い指先が、その持ち主である白ぶどう色の髪の少女が現れたのを見て、その場に崩れ落ちた。
いいや。ほっとこ。
ややあって立ち上がったヴェルフェディリオは、乾いた笑いを響かせながら執務室を去ったのであった。勝手にしろ、あのアホむんと。
ユージェニーは太陽が完全に昇ろうと言う時間にも関わらず、ベッドに顔を突っ伏していた。止まらない涙でぐっしょりと濡れた枕が冷たくて、もっと哀しい気分になる。ベッドを整えてくれる使用人に申し訳ない。
どうしてこんなに哀しいのか分からなかった。最初の日に言われたではないか、キムラスカに帰れ、と。その時から、生涯この地が安住の地にはならないことを覚悟したではないか。セクエンツィアという、自ら自分に歩み寄ってくれた子がいたからだろうか?彼女の存在で、ここの、ホドの人間になれると思いあがったのか?
愚かだ。愚かに過ぎる。
だから、あの方以外の誰であろうとも見せはしなかった弱さをこうして曝け出しているのだ。
「ユージェニー」
ユージェニーは面を上げた。それは、聞こえる筈のない声だった。まさか。いや、そんなことはあり得ない。彼は今や誰よりも遠い場所にいるのだから。
「…ユージェニー」
声が再び響くと、ユージェニーはそれが覚えのある声であることを、そして記憶よりもくぐもった声であることに気付いた。部屋を見回すが、その男の姿はない。明かりを付けていないから見えないのか、と思って閉め切っていたカーテンを開けると、そこには。
「…きゃああああああ!?」
ジグムント・バザン・ガルディオスその人が、窓の外にいた。上げたことのないような悲鳴が口から出たことに自分で驚く。ジグムントの方もそうであったようで、その拍子に体勢を崩してしまう。ユージェニーは慌てて窓を開けて、彼に手を伸ばした。
「…ありがとう。大丈夫」
ジグムントの手が、ユージェニーの手を握っている。こんなに近くでジグムントの顔を見たのは、婚姻の儀から2回目だったが、その時には見えなかった笑みが浮かんでいた。だからだろうか、婚姻の儀の時には何とも思わなかったのに、胸の鼓動がすこし早くなった気がした。頭のどこかで、睫毛が長いな、と取るに足らないことを考えていた。ああそうだ、さっきまで泣いていたから、きっと目尻は赤いままだ。みっともなく思われやしないだろうか。
はっとしてユージェニーは手を離した。「じ、ジグムントさま!どうしてここに」手のひらを手を結んでいたときの形のままで浮かせているジグムントは、ユージェニーの問いに答えなかった。彼は、ゆっくりと手のひらを広げて、こちらに差しのべてみせた。そしてこう言った。
「おいで、ユージェニー」
ユージェニーは逡巡した。夫となった人間が窓から訪ねてきたときどうするべきか、なんてどんな本にも書いていなかった。振舞うべきことが見出せずに途方にくれたその時、ユージェニーの手はジグムントの手を取っていて、はい、と答えていた。腕が引かれる。ジグムントが導くままに、ドレスのままで窓枠を乗り越える。不思議だった。身体が自然と動いていた。そしてユージェニーは、窓から飛び立った。
最初ジグムントは窓の桟に立っているのだと思っていたのだけれど、実は一定の太さを持った木の枝の上に器用に立っているのだった。それが分かった瞬間、落下した時の衝撃を想像して目を瞑ってしまった。けれど不思議なものでジグムントが教えるように枝から枝へ移っていくと、やがてすぐそこに青々とした芝生の地面が見えてきた。ここは私の脱走経路なんだ、とジグムントが言った。この人は生真面目な方だとセクエンツィアから聞いていたが、脱走なんてこともするのだなと驚いた。
ジグムントが先に1メルトルほどの高さから地面に飛び降りた。それに続くように言われるが、すぐに実行に移すことはできなかった。太い木の幹に手をついて、下を見つめるばかりのユージェニーに、ジグムントが両の腕を大きく広げた。「大丈夫、受け止める」。低く、ゆっくりとした声だった。覚悟を決めて飛び降りると、やはりジグムントは耐え切れずユージェニーごと芝生に倒れ込んだ。「わっ」「きゃっ」と短い悲鳴が上がって、ふたりして芝生に尻もちをつく。いや、ユージェニーの場合はジグムントに、だ。不可抗力とは言え、何て事をしたのだろう。ユージェニーは慌てて飛び退いて、「すみません、ジグムント様!」と何度も頭を下げた。それに、ジグムントは「大丈夫」ともう一度言って、安心させようとしたのだろう、にこりと笑った。それを、困ったような笑顔だ、とユージェニーは思った。眉をハの字にして、はにかんだ笑みを浮かべる笑い方だった。
ジグムントが立ち上がる。差し出された手のひらを、自然とユージェニーは手に取った。セクエンツィアにされたように、手を引かれて歩き出す。辿りつくのは表玄関だ。先程と同じ衛兵ふたりが立っていて、ジグムントとユージェニーを見つけると、驚いてかあんぐり口を開けている。ジグムントは「オリバー、ロジェ。行ってきます」とおそらくは彼らのものであろう名前を呼んで、挨拶をする。ユージェニーもそれに倣った。すると、オリバー、ロジェと呼ばれたふたりの衛兵が声を揃えて、「ジグムント様、ユージェニー様!いってらっしゃいませ!」と言って敬礼した。そこに自分の名前が確かに含まれていたことにユージェニーは驚いた。手を引かれるままに遠ざかる屋敷を一度だけ振り返ると、ふたりはまだ敬礼を崩していなかった。兜に隠れた表情は見えなかったけど、きっと先程会った時より晴々とした気分でいるのだろうと思った。ユージェニー自身のように。
だが、ジグムントの足が見覚えのある、噴水広場に向かっているのが分かると、ユージェニーは足が竦みそうになった。喧騒がもうここまで聞こえてくる。ジグムントは何も言わない。ユージェニーも何も言えなかった。ただ手を引かれるままに広場を抜ける。
そして辿りついたのはユリア大通りである。朝よりいくらか人気が増えたそこに足を踏み入れた瞬間だ。一瞬、ざわめきの一切が停止する。次の瞬間、ジグムントとユージェニーがいる場所から波紋が広がるように、先程とはまったく違った活気が生まれた。それは、よろこびであったり、安堵であったりした。今さっきまで異質であった世界が、一気に既知のものに変わったかのような感覚だった。あちらこちらから聞こえてくるのは、ジグムント様ユージェニー様、こんにちわ、という他愛のない挨拶。ジグムントはひとりひとりの名前を呼んでそれに応え、ユージェニーは遅れないようにそれに従う。
「ジグさま!ユージェニーさま!」
一際目立つ声で名前を呼ばれる。そこにいたのは、先程の少年だった。ふたりに走り寄ったその子供は、満面の笑みを浮かべてこれ、と手を差し出した。そこに握られていたのは、かわいらしい小さな花束だった。驚いて、受け取るのを躊躇ったそのとき、少年の後についた女性が「どうぞ、受けとってやって下さい」と告げた。先程の、母親だった。
「ユージェニー様、先程は申し訳ありませんでした」
「いえ、そんな…」
「この花束は、息子が包んだものなんです。私は花売りをしているのですが、いつも息子が手伝ってくれていて。どうぞ、お気遣いなく」
母親が口にするままに、ユージェニーは子供の手から花束を受け取った。「リュウ、ニナ。ありがとう」とジグムントが言うのをなぞって、彼らの名前を呼ぶ。そしてありがとう、と言うと、親子は華やかに笑った。
「ご結婚、おめでとうございます!」
リュウとニナがそう言ったのが引き金となって、大通りの人々が口々に祝いの言葉を述べ始めた。誰もが笑っていて、誰もが祝っている。領主ジグムントがキムラスカの花嫁を拒絶した、断片的に伝わった知らせで不安になっていた島民たちが、ふたり揃っての外出に喜んでいる。彼らの主君とその妻になった女は幸せな結婚をしたのだ、と分かって、喜んでいるのだ。
なんて、愛されている人なんだろう。
なんて、愛すべき人たちなんだろう。
祝福に包まれて大通りを抜けた。足取りは驚くほど軽かった。
随分と歩いたような気がしている。不思議と疲れは感じなかった。ジグムントの足取りは迷いがなかった。どこか目的地があるのかもしれない、とユージェニーはぼんやり考えた。
大通りを後にして、どんどん屋敷から離れた島の外延部に向かっているようだった。やがてホド・マーブルの石畳は途絶え、ふたりは若々しい芝生を踏んだ。ホドの4割は森林や農耕地帯だといつか本で読んだことを思い出す。ジグムントはふいに口を開いて、もうすぐホド中にサクラが咲く、と言った。聞いたことのない名前だった。白亜のホドが、春だけは桜色に染まる。先行く彼の表情は見えなかった。だけど、きっともうすぐ訪れる春の予感にほほ笑んでいるのだろう、と何故だか確信めいた予感がした。
「着いた」。ジグムントが、それまでずっと繋いでいた手を離す。どうやら目的地に着いたらしい。視界を覆う茂みを、ジグムントが掻き分ける。茂みの向こうに消えるジグムントの後を追う。
その時、あふれるひかりに思わず目を閉じた。
「あ…」
はじめ、目の前にあるのが何か分からなかった。
芝生に覆われた小高い丘に立っていた。緑色の線が引かれたその先に、光があった。ざわざわとざわめく光の波。目が慣れてくると、それが蒼い色をしていることに気付いた。これは。これは。
海だ。
ジグムントとユージェニーは、ホドの海を臨んでいた。
「はじめて…見た…」
ユージェニーが海を見たのは、これが初めてだった。キムラスカではおろか、マルクトへやって来るすがらも、竜車の窓はカーテンでぴったりと覆われていた。グランコクマからの船でも竜車のまま乗り込んだから、海の上を渡って来たと言うのにその風景を見ることは終ぞなかった。
それは、
ユージェニーが焦がれ続けた色だった。バチカルのあの塔にはない、眩しいくらいの蒼だった。
ジグムントが振り向く。その瞳には、ホドの海と同じ色の蒼があった。この人は、こんなに美しい瞳をしていたのだ。知らなかった。もっと早く、知っていればよかった。
「きみに、謝らなければならない」
すまなかった。ジグムントが告げた言葉に、ユージェニーははっとして、「いえ、そんな、ジグムント様が気に病むことはありません、当然のことですから」と口から出でるままの言葉を並べた。ジグムントはくるりとユージェニーに背を向け、どうやら最初から帯刀していたらしい剣の柄に手をかけた。ジグムントの右手が、ゆっくりと剣を抜く。刀身が露わになるその瞬間に次々と溢れだすひかりにユージェニーは目を見開いた。
ホドの海と、ジグムントの瞳と同じ、蒼い光だった。零れ出す光は眩いばかりに輝いているのに、どこか優しかった。やがて全ての刀身が鞘から抜かれると、半円を描いてジグムントはその剣をまっすぐ掲げた。水平線とジグムントの剣が平行線を描く。あふれる光とともにジグムントは零した。
「宝刀ガルディオス。ガルディオス家当主が代々振るってきた剣だ」
ジグムントは静かに、剣を下ろした。振り返る。ユージェニーを見ている。蒼い瞳が。
「…昔、ホドにはアストラという女性がいた」
彼女は言った、『ホドの皆で、幸せになろう』と。海面から照り返す光がジグムントを照らしている。そして、ユージェニーもまた。
ひとりでは、いけないのだ。みんなでないと、とジグムントは言った。みんなで、幸せにする。子供じみた理想だった。傲慢だとも言えるような理想だった。
しかし、ユージェニーの心は確かに動いていた。
「ユージェニー、ホドは好きか?」
そう聞いたジグムントに、はい、とユージェニーは応えていた。ものを考える前に言葉が出てきた、窓の外から現れておいで、と言ったジグムントの手を取ったときのように。
ジグムントは、笑った。眩しいくらいの笑顔だった。
私もだよ。
「…ユージェニー。私は君を受け入れる。この剣に懸けて、誓うよ」
だから、もっと私に君の笑顔を見せてくれ。
今みたいに。
言われて気がついた。ユージェニーも、笑っていた。こんなに、自分が自然に笑顔を浮かべられるなんて知らなかった。涙が出そうだった。そんな風景がそこにあった。
かくして、宝刀はジグムントの鞘に納められたのである。
「―――聞こえた!今、産声が聞こえたぞ!聞いたな、ヴェルフェディリオ!」
「おお、聞いたともさ!早く行ってやれ、ホド一番の大仕事を終えた奥方様ところにさ!」
「ペール!ペール!ユージェニーは!こ、こどもは!?」
「ほっほ、落ち着きなされ。おめでとうございます、元気な女児であらせられますぞ」
「ユージェニー!聞こえるか、ユージェニー!」
「ユージェニー様、ジグムントが参りましたわよ。ほらジグムント、涙をお拭きなさい。父親ともなろうものがみっともない」
「ジグさま、ユーは疲れてるんですから大声出しちゃ駄目ですってば!」
「…ふふ、聞こえております、聞こえておりますよ」
「ありがとう、よく頑張ってくれた。ユージェニー、本当にありがとう」
「身に余る光栄、です。…愛しています、ジグムント様」
「ああ、愛している、ユージェニー」
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