ノームデーカンの月も終わりに近づく日の朝のことである。ペールギュント・サダン・ナイマッハは、日課であるナイマッハ邸の庭園の手入れに勤しんでいた。見て楽しんでいるころは分からなかったが、維持するだけでも中々手間がかかるものだ。はじめは分からないことばかりで投げ出しそうにもなったが、妻が残した庭を失くしたくないという一心がペールギュントにシャベルを取らせた。今となってはナイマッハ邸には庭師要らずだ。
 さて、次の夏に向けて何を植えようか。手入れを終えた花壇の土から腰を上げたとき、ペールギュントは視界の端に赤をとらえた。少しの驚きをもって視線を巡らせて、ペールギュントをとらえた赤を探す。

 それは、つい最近盛りを終えたはずの椿だった。花を落とし緑の葉のみを生い茂らせた枝の先で、一輪の椿が花開いている。昨日、あそこに蕾はあっただろうか。ペールギュントは首を傾げたが、椿の木の元へと歩み寄り、花びらに手を添えた。開いたばかりのそれは、瑞々しく誇らしげだった。




「…さて、これは何の奇跡の前触れなのか」




 ペールギュントは、椿の花に問いかけて苦笑した。ボーッと港で汽笛の音が聞こえた。また、ホドへと新しい風が吹いてくる。



Dies irae ―怒りの日