レヴァーテインが第4(アドニス)は、フェンデ家当主の従者たることを常とする。そうやって齢五つにして父母を失い、フェンデ家当主となったヴェルフェディリオ・ラファの元にやってきたのがレクエラート・カンタビレ=ダアトだった。
 決まって七天兵が総括者カンタビレ家から選出される第4席の候補者は幼少からホドとフェレスを行き来するのだが、このレクエラートという男は、満足に舌も回らない頃からカンタビレ家の教えに浸りきっていた。ヴェルフェディリオも詳しくは知らなかったが、カンタビレの人間はカンタビレ家という閉鎖空間でホドに出向く場合を除いて外出することも許されず、物心つく前から戦う術と騎士に相応しい教養だけを叩きこまれ、ユリアの血族であるフェンデに尽くすが為だけに育てられるのだという。そういった狂信的な教育の結果、レクエラートという個体を認識するための記号だけが唯一のものとして与えられた無個性の人間が出来あがったのである。今から思ってみてもレクエラートは面白みひとつない男だった。義務を果たすことに、フェンデを、ヴェルフェディリオを守ることに精一杯で、ただの子供のくせに遊ぶことだって知らなかった。騎士として振舞う以外に己を持たなかった。カンタビレが彼に己を持たせなかった。

 だから、レクエラートが第4席から退いて、新しくやって来たという彼の妹だって、同じだと思っていた。

「はじめまして、ヴェ…えーっと…ヴェー…」

 カンタビレからやって来た毛糸玉みたいな頭をした13歳の少女は、事もあろうに初対面にして主の名前をド忘れするという大失態を犯したのである。「ヴェルフェディリオ・ラファ」と助け舟を出せば、「そ、そうでしたぁ!」と俯いた少女の頭が上がり、ぱあっと野花のような鮮やかな笑顔が咲いた。ヴェルフェディリオは動揺した。あの、カンタビレの人間が、こんな笑顔を浮かべる筈がないと思っていた。



「ヴェ…リオ、さま、ですね!覚えました!」



 だから、聞き取りやすかったのか名前の始めと終わりをくっつけた妙な渾名を最初に訂正するのを忘れたのだ。それから少女、セクエンツィアは、今に至るまで第4席としてヴェルフェディリオに仕え続けている。



Tuba mirum ―奇しきラッパの響き