「ND1990、シャドウデーカンの月。カンタビレに連なる女、自らが仕える男と結ばれる。
名を終わりなき歌と称す」
雨が降っている。
完全に閉め切られた室内で、老人の声が謡う。声の主は、影のようにそこに立っていた。声だけが老人のようで、見目は驚くほどに若い。不自然で、いっそ不気味とも言える。美しいウェーブを描く金糸の髪、そして菫色の瞳。後者は、彼がカンタビレの人間であることを如実に示していた。
「ND1990、シャドウリデーカンの月。カンタビレの血を分けし男と女、結ばれる。
名を鎮魂歌、憐れみの賛歌と称す」
一瞬、分厚いカーテン越しに、光が指した。間もなく、どぉん、と音がした。空から、光が落ちてくる。雨が降っている。雨が、降っている。
「しかる後、季節が一巡りした時、男女の間にひとりの男児誕生す。
其は、『語り部』となりてカンタビレの使命を受け継ぐだろう」
老人のような男は、ぐるりと辺りを見回す。室内にいるのは彼ひとりではない。フェンデを、いや、ユリアの血族とユリアの預言を守護し、存続させることを命題として生まれてきた者たち。『七天兵』のメンバーは、『七天兵』の総括者たる『総主』、エルレ・アルハに応えて、頷く。
そしてエルレ・アルハは、寝台の上の男女に向き直った。
「未来は示された。『鎮魂歌』、『憐れみの賛歌』、今こそ預言を成就させよ」
稲光が、また、一度。
男と女が向かい合う。男の、対をなくした右目が、揺れる。女は彼の頬に愛おしげに手を添えた。女は震える唇を開く。
「レクエ兄様」
男は、目を開く。
そして、天が審判の槌を振り下ろした。
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