「師団長には、すっごく感謝してる。ママがいなくなってから、お姉ちゃんもお仕事が忙しくなって…あたしは小さかったし、できることって言ったらお料理くらいで。ふふ、ママも お姉ちゃんも、お料理は全然駄目だったから…ご飯を作るのは、自然とあたしのお仕事になって。少しでも時間があったら神託の盾本部の食堂に通って、カウンター席に座って、厨房で 働いてる人たちを一日中だって見ていられたなぁ。ママも、お姉ちゃんもね、あたしの作った料理を食べて、おいしいね、おいしいねって笑ってくれるの。嬉しかった。嬉しかったなぁ。
 だから、ママがいなくなってから、食堂のお手伝いをし始めたのはすぐだった。何もしていないままだったら、寂しくてどうにかなりそうだったのかもしれない。毎日、毎日忙しくて、 寂しがる暇なんてなかった。目一杯疲れて部屋に帰ったら、すぐに眠っちゃうから、ひとりのベッドだって大丈夫だった。何も、考えないでいられたの。それが一番楽だった。
 師団長に拾ってもらえたのは、食堂に立つようになってしばらくした頃かな。君、いくつ?名前なんていうの?なんてね、やだ、ナンパみたいだったな。あの頃は…8歳くらいだったから 、きっと不思議に思ったのね。何でここで働いてるんだ?って。それで、仕事の合間にお話ししてたんだけど、あるとき、師団長は言ってくれたの。俺の師団に来ない?って。…あのね、 あたし、あんまり一緒に働いてる人に、よく思われてなかったの。その時は知らなかったけど、あたしのママは、教団に背いて亡くなったから。詳しいことは皆知らなかったけど、なんとなくは知 ってたんでしょうね。あたしも、皆があたしをあんまりよく思っていないって感じてたから、師団長の申し出に、二つ返事で頷いた。入団してから、師団長が師団長だって知ったのよね。 驚いたなぁ。
 第六師団は、とっても居心地がいいところだった。8000人よ、8000人の師団員さんたちを相手に食堂に立つのは、やっぱり大変。でも、そこでたくさんの人に会えた。友達にも。これ、 このミサンガはね、師団でいちばん初めに友達になってくれた子がくれたのよ。あたしの、宝物。
 師団の皆は、あたしの家族なんだって思えた。毎日が騒がしくて、楽しくて。ばいばいって別れてベッドに入ったら、今日あったことを思い出しながら寝るの。次の朝起きたら、また 皆が同じようにいてくれる。それが、すごく嬉しかった。みんなと一緒に戦えない自分を悔やんだりしたけど、おかえりって言うとただいまって言ってくれるみんなを待つ自分が、好き になれた。
 それから、あたし本当のことを知った。ママのこと、お姉ちゃんのこと、…アッシュのこと。でも、皆は同じようにいてくれる。離れていくひとたちもいるけれど、あたしの顔を見たら 、ただいまって言ってくれる。だから、あたしはずっとここにいるって決めた。第六師団が、あたしの家族で、あたしの家だって勝手に決めた。それで、あたしはお母さんになれたらいい なって思ってる。お母さんになれたら、疲れて帰ってきた皆を抱きしめてあげられるでしょ?

 師団長にね、言いたいのは、ありがとうってこと。ありがとうって、何回言っても足りないの。第六師団が、ひとつの家だったら、師団長は…お父さん、かな?あっ、じゃああたしと 夫婦になっちゃうじゃない!それはない!絶っ対ない!あはは!
てなわけで、夫婦はちょっとムリだけど、これからもよろしくね、師団長!」









「しだんちょはね、僕と、ピコと、フェムトの、だいすきな人だよ。僕たちのこと、ぐしゃって撫でてくれるの。からから笑いながら。しだんちょの笑う顔が僕らはとっても好き。 しだんちょが笑ったら、僕らも笑うの。哀しくたって、笑えるの。
 しだんちょに会う前のことは、あんまり覚えてない。生まれたときから、僕らは3人で白い建物の中にいて、毎日よくわかんないことをやらされてた。ケーソクとかジッケンとか。痛い とか痛くないとかは、知らないから感じなかったな。たった一人、僕らに話しかけてくれたのが、にいちゃんだった。にいちゃんは、僕らのことを、撫でてくれるの。ぐしゃって、撫で てくれるの。僕たちに名前をくれたよ。僕らの名前は宝物なの。ナノ、ピコ、フェムトって、にいちゃんがくれた名前は、にいちゃんの名前とお揃いなんだよ。ほんとの兄弟みたいで、 嬉しかった。
 にいちゃんはいろんなことを教えてくれた。にいちゃんだけが、僕らが世界と繋がる回路だった。にいちゃんは、外のことも教えてくれた。空が、どこまでも続いてること、海が、 きらきらして輝いていること、土は、裸足で踏むとふかふかで気持ちいいこと。だから、外に出たいねって3人で話すようになった。にいちゃんが生きてきた外の世界は、きっときれいなん だろうなあって。
 だから逃げた。僕らは逃げた。研究所から逃げた。僕らは、普通の人間よりずっと足が速いし、目だっていい。逃げるのは簡単だったよ。遠くになっていく研究所から、誰かが僕を 撃った。4発。にいちゃんだった。にいちゃんは、僕を殺そうとした。僕らはそのまま、逃げた。一度だけ振り返った。にいちゃんは、拳銃を握った手をぶるぶる震えさせて、泣いていた。 銃口から立ち上がる青い煙が、ゆらゆら揺れてた。
 外の世界は、にいちゃんの言った通りきれいだった。空は、どこまでも続いていて、海は、きらきらして輝いていて、土は、裸足で踏むとふかふかで気持ちよかった。でも僕らの世界 は真っ暗だった。にいちゃんは僕に死んでほしかった。僕はほんとは死ななきゃならなかった。3人で、最後に見たにいちゃんみたいに震えてた僕らを、抱きしめてくれた人がいた。それ が、師団長だった。
 第六師団っていう新しい居場所にやってきて、僕らはにいちゃんが触れてきた世界を知った。周りの人たちは、僕らを傷つけようとしなかったし、僕らは傷つけられなくてもよかった。 元々持ってたちょっと人とは違う身体を使ったら、皆の役に立てた。ヴィヴァーチェお姉ちゃんが、いきなり3人も子供が増えて大変だわって笑いながら、あったかいご飯と寝床をくれた。
 でも、心の中でずっと、最初に外に出たときの真っ暗な世界が広がってた。ピコや、フェムトのことばに耳を貸さずに、ただ僕はほんとは生きてちゃ駄目なんだって思ってた。 思ってた、よ。
 …フェムトが死にかけたとき、死にかけの身体で、それでも笑ってたとき、僕は今まで何をしていたんだろうと思った。周りの皆が、必死になって、フェムトを助けようとしてくれた。 僕は、何をしてきたんだろう。僕は、何を考えてきたんだろう。皆は、これまでだってずっと、ここにいたっていいんだと、生きてて欲しいんだと、僕に教えてくれていたのに。
 僕は気付かなかった。気付こうとも、しなかった。

 しだんちょは、にいちゃんに似てるんだ。にいちゃんと同じように、ぐしゃって僕を撫でてくれる。でも、にいちゃんとは違うんだよ。しだんちょは、にいちゃんと同じくらい、僕の 大切なひと。ここで、この人の元で、僕はやっと僕が生きていたいんだって分かった。にいちゃんがあのとき何を考えていたのか、何を思って僕を撃ったのかはもう分からないけど、 僕はもう死ななきゃならないとは考えない。誰にもね、そんなこと僕に思わせたりするのはもう許さないんだよ。ふふ、僕って、ちょっとずるくなったかな。生き汚くなったのかも。 それって、悪いことじゃないと思うんだ。そうでしょ?師団長。
 僕はね、しだんちょ、あなたに付いていくつもり。来るなって言われたって、ずっと。知ってた?僕ってしつこいんだよ。しだんちょの傍で、生きてくって決めたから。しだんちょ、 大好きだよ。これからもよろしくね、しだんちょ」










「あの師団長という人は、不思議な人だね。あの人、立場的には導師派なのにさ、預言を必要ないって言うんだよ。まあ僕だって、預言なんて大層なものに縋るつもりはないけど。 …僕がひとりになったのだって、預言のせいだしね。
 まあそれは置いておくとしてさ、僕らは一応ローレライ教団に所属しているじゃないか?それじゃ、預言を信じることはあっても、いらないって突っぱねるのは多分、いけないことだろう? 僕自身は、生憎現実主義者なもんで、手に触れられないものは信じる気なんて毛頭湧かないけど。第六師団って場所は、8000人、8000人だよ?敬虔な信者だっているだろうさ。でも、皆 僕含めて好き勝手やりながら、結局はあの人に付いていってる。不思議だねえ。僕だって何でかわかんないけどさ。
 ずっと一人で生きてきた。持ってるものは、売り物にはなるくらいの容姿と、名前だけだった。だから、僕はこの世の全部を手に入れたいと思うようになった。僕にはなにもないから。 お金も、女も、服も宝石も香水も全てが欲しかった。無力なだけの、喰らわれるだけの子供から抜け出して、上手く生きていく術を身につけたころには、大体のものは僕の手の中に簡単に 滑り込んできた。世の中って、案外チョロいもんなんだなと思ったね。自分って商品を上手く使えばそれでよかったのさ。
 姉だという人が現れてから、がらりと世界が変わった。ふたりで生きていくことは、ひとりで生きていくことよりずっと難しかった。でも、…うん。正直、ふたりのほうがずっといい。 人って言うのは、弱いものだね。一度ふたりで生きることを知ってしまったら、ひとりでいたころにはもう戻れない。ふたりで、同じ仕事をするようになった。でもそれまでのように、 上手く生きていくってことは困難だった。世の中というのは、ままならないものだなと、随分遅くに気付いて、行きついたところが、今の師団って訳だ。

 あの人は、ずるい人だよね。あの人の周りには、たくさん人が集まる。不思議な、魅力っていうのを持ってる。太陽みたいな、嫌っていたって、目を向けずにいられないような。まあ 僕は、嫌いじゃないよ?あの人のことは。追い出されないうちはここにいたいって思える位にはね。無茶で、勝手で、自分が師団の全員を抱えてるって誇りを持ってる人。それを裏打ち する能力があるんだから尚更、さ。
 第六師団は、変わった師団だよ。でも、居心地は悪くない。なんたって、僕の大好きなあの人に出会えた場所なんだからさ!それだけで、素晴らしいじゃないか、第六師団!彼女に給料 3年分の結婚指輪をプレゼントするまでは確実に、ここで働かせてもらうことになるよ。そんな訳で、師団長殿、ま、よろしく!」










「師団長というのは、あの、銀色の、ツンツンした髪の、ラグ・ドールの炎や、ニコの睫毛のような、赤いマフラーをした男、か。あの男は、よく笑う男だな。目を細めて、眉をくっと 寄せて、口元を歪めて、えくぼを作って、笑う。それは、俺にはないもので、少し羨ましい。
 この力が目覚めてから、いろんなものが俺から剥がれ落ちていった。表情とか、感情とか、そういうものも、俺が失くしたもののひとつだ。何の感情も乗せることなく、ただ氷のよう にそこに在るのが、俺の顔だった。化け物、と呼ばれたことがある。前の師団で。凍らせることしかできない、化け物だと。笑いも、泣きも怒りもしない、気味が悪い、と。それは、 きっと真実だ。俺が持っているのはこの力ひとつきりで、他には何も、何もない。それは、真実だった。
 俺は過去がない。だから俺でない人間から初めて知った出来事だが、俺は俺の故郷を凍らせた。地図にも載らない、小さな村。父が、母がいたのだろう。一緒に遊んだ友達が、気のいい 隣人たちがいたのだろう。俺は全てを凍らせた。その時、きっと俺はそれまでの俺を一緒に凍らせてしまった。だから俺は、それまでの記憶を一切持っていない。6年の時を経て、氷が 溶けたあの村で、15歳の俺は、どこにいったのだろう。…願わくば。父と母と同じ所へ行けたら、いい。それならきっと、さみしくない、だろう。
 この師団の人間は、俺を化け物と呼ばない。不思議と変わりものばかりが集まった場所だから、特別俺に目がいかないのかもしれないが。俺を化け物と呼んだ前の師団より、俺はこの 師団の方が、多分、気に入っている。俺はただの獣なのか、それとも人間なのか、まだ俺には分からない。それでも、この場所は、糾弾も弾劾もせず、ただ俺がここに在ることを許す。 それは、あの男のせいだろうか。前の師団を追い出されてここにやってきた俺に、第六師団へ、ようこそと太陽のように笑って握手を求めたあの男のせいだろうか。
 この師団で、俺は一つの出会いを経た。ラグ・ドールというその人は、自分を人形と呼ぶ人だった。俺とは正反対の、聖なる炎をその身に宿す人だった。ラグ・ドールは、黒い手袋と ミサンガをした手で人形を作る。師団の人間の人形だ。ラグ・ドールは、バスケットにそれを入れて、配って回る。俺も、時折それに付いて回る。糸と、布と、ビーズでできたそれを手渡 すラグ・ドールもまた、きっとこの師団に居心地の良さを感じているのだろう。その、美しい横顔を見ていると、俺はこの人がいる限り、この師団を離れることはないだろうと思う。

 あの男が率いる師団は、心地がいい。化け物と呼ばれた俺に手を差し伸べて、人間にするように、俺の手を握ったあの男の。…そう、ニコが言っていたのだが、挨拶というのは大切だと いう。なら、俺もした方がいいのだろう、きっと。師団長。これからも、よろしく、お願いします。…これで、いいのだろうか?」










「師団長さん、ですか?ちょ、直接ご挨拶したことは、ないん、ですけど…ミネ越しにお会いしたことは、あるんですけどね。ここに入団するときは、お父さんが手続きしてくれたので。 あ、あの、私、失礼なこと、してるんでしょうね…一番、えらい方に、ご挨拶もせずに…やっぱり、駄目ですね、わたしって…。
 元々、わたし、ダアトじゃなくて、キムラスカに住んでたんです。お母さんと一緒に暮らしてたんですけど、最近になってお父さんの所に来て…えっと、本当は、お父さんに聞きたい こと、あったんですけど、聞けてないままで…い、いつの間にか、ここにお世話になってるって次第です、はい。
 さっき、師団長さんに、ミネ越しにお会いしたことあるって言いましたよね?あの時は、びっくりしてしまいました…えっと、わたし、普段はお父さんと一緒に行動してるんですけど …ほら、お父さんって、ああいう人なので…よく、わたしを置いていってしまうんですよね。はい。
 その日も、そんな感じで、わたし廊下の真ん中でおろおろしてしまって。ミネを被ったままだから、誰かに見られたら怖がらせちゃうかもしれないし。早くお父さん帰ってきてくれない かなって、そればっかり考えて、かさこそうろついていたら、後ろから誰かぶつかってきたんです。『いでっ!』って声が聞こえて、わたし、驚いてしまって…振り向いたら、そこに、 男の人が頭をすりすり擦りながら廊下の床にお尻をついていました。さっと冷や汗が流れて、思わずミネの声を使わずに、私の声で『ごめんなさい!ごめんなさい!』と叫んでしまいま した。どうやら、その人は考え事をして歩いていたせいで、わたしがいるのに気付かなかったみたいでした。その人が、師団長さんでした。
 わたし、つまりはミネを見て、その人は、『おわっ!』とさっきより大きな声で驚いていました。ああ、驚かせてしまった。いつものことなのです。ミネは普通の人形とは少し変わった 形をしているので、皆を驚かせてしまいます。わたしは、その人はすぐに、逃げてしまうだろうと思ったのですが、頭を擦りつつ、その人は立ち上がったまま、そこに立っていました。 わたしは、不審に思ってミネの中で首をかしげていました。すると、外に出ている仮面が連動して動いたのが分かったのでしょう、その人は、『おお、よくできてるなぁ』と仮面に手を 触れたのです。
 わたしは、驚きました。今思えば、入団の手続きの際にミネの写真か何かを見ていたから、ミネのことは事前に知っていたのでしょう。でも、そんな風に当たり前のように触れられる のは、初めてでした。『怪我してないか?』とその人は聞きました。そのときには、わたしはもう、かさこそ足音を鳴らして、その場から逃げだしていました。
 『怪我してないか?』それは、聞く必要なんてないことです。ミネは私のお父さんとお母さんが作った自慢の人形で、ちょっとやそっとでは傷つきません。『怪我していないか?』 と、聞いたあの人は、本当はそんなことを言う意味なんてないのです。
 でもそれは、やさしさでした。
 ミネ越しに触れた、師団長さんのやさしさでした。

 この師団は、好きです。あの、優しい師団長さんが、好きです。ここでできたお友達が、『いい加減ツラくらい見せろよ』と言うのも、応えたいなと思うようになりました。い、いつ になるかは、分からないですけど!そ…その時には、えっと、ちゃんと師団長さんに、ご挨拶したいと思います。あのときは、ありがとうございましたって。だから、えっとそれまでは、 ミネ越しではありますけど、よろしくお願いします」










「カンタビレ、師団長ですか。一言で言うと、カッコイイ人でしたね。知ってますか、あの人、仮面を被ったライダーが大好きでしてね。噂ですけど、あの方の部屋には、ライダーグッズ がてんこ盛りらしいですよ。事務班のヴィヴァーチェさんに、散財を怒られたりしてね。いやあ、趣味っていうのは怖いですね。私が言えたことじゃあないですか。はは。
 元々、師団に入る前から、憧れていたんです。師団長と、それから、何人かの、師団員たち。あの頃は、まだ師団員も少なかったな…時折姿を見せるあの人たちに、ええ恋をしていま した。入団届を受理されたあのとき、団員名簿に名前が並んだあのときの気持ちは、口に出来ませんよ。あの方たちと、並ぶことができたことは、私の誇りです。
 第六師団に入ってからは、師団について考えない日はなかったと言っていいです。いつも第六師団のことばかり考えていました。そこから、いくつの出会いがあったでしょう。数えきれ ないくらいの、ひとびとに出会いました。彼らのそれぞれに、生活があり、感情があり、表情があり、歴史があり、幸せがありました。出会いが多けりゃ、そりゃあ、喧嘩だってしました よ。私、思うのですが、人と出会うということは、自分と別物の世界と出会うことなんですね。自分の世界と、他の世界が出会って、衝突して、そこから新しいカオスが生まれるんです。 そこから、また新しく世界が生まれるんですよ。それを共有して、世界を形作っていくんです。素敵じゃあないですか。素敵ですよねえ。
 ただ心残りは、ありますね。私はねえ、ばかでしたよ、分かり切っていることですけれど。せっかく結ばれた絆をね、いつまでも放っておいて、それでも存在しつづけることなんてね、 ないんです。ピアノと同じようなもんです。手入れしなきゃあ、いい音は出ないし、壊れちまうこともあります。調律しない私がね、ばかなんですよ。はは、笑えないな。…でも、今から でもね、形にしなきゃ、届かないんですよ。届くかどうかなんて分からないけど、それでも私はここに留まるつもりです。それが、私の償いだと思っています。それから、愛の告白。 あはは。
 それでも、私にとってあの場所は、かけがえのないものでした。楽しかった。楽しかったな。私にとっては、そう、家のようなものでした。随分と浮気もしましたが、絶対に帰ってくる ことを選ぶ場所です。好き勝手やりながらも、きっとね、皆さんもそうだと思うんです。皆が集まって、わいわいと、笑ってる場所でした。でし、た。

 あの人から、すべては始まったんですね。師団長、カデンツァ・カンタビレ。あの人が、全てを始めてくれた。私を、あの素敵な世界に出会わせてくれた。ありがとうと、言いたいん です。この言葉は、あなたに届くでしょうか。届いたらいいと思うのですが、どうでしょうねえ。ただ、こうやって呟いていると、ラヴレターか何か書いているような気分ですよ。ふふ、 あながち、間違いでもないかもしれませんね。
 …そうですね。差出人の名前は、   とでも。それでは。愛しています、師団長。これからもずっと。だから、これからも、私がここにいる限りは、よろしくお願いしますね」


ラヴレターに宛名はない

10/05/08