轟音。自分の身体が紙切れのように吹き飛んだのが、わかる。ヴァンデスデルカの剣圧をまともに受けて、俺は一瞬手の感覚を失くした。がしゃんと金属と金属がぶつかる音がして、 俺はさっきまで手の中にあった宝刀ガルディオスが俺の手から離れたのを知った。
 ヴァンデスデルカは間髪入れず追撃の体勢に入る。倒れ伏した俺とヴァンデスデルカの間に入ったのはアニスだった。「でやぁああああっ!!」と高く声をあげて飛び込むように空破 特攻弾を放つ。ヴァンデスデルカとの距離がわずかなりと取れたところで、すかさず詠唱時間の短いリミテッド。連続攻撃で崩れそうになるアニスの足元を、前進したジェイドの肩が支え てやる。アニスに代わってヴァンデスデルカと対峙したジェイドは、天衝墜牙槍で追撃を許さない。
 そのとき自分の身体を包んだ緑色の光に、後方のナタリアが回復譜術をかけてくれたことに気付いた。第七音素がヴァンデスデルカとの攻防で傷ついた身体の傷をみるみる内に塞いで いく。グラスチャンバーで補助しているとはいえ消費の多いキュアを使わせてしまったようだ。俺はうつ伏せに倒れたまま、手放した宝刀を探して視線を巡らす。…あった。宝刀は、俺の 手から二の腕ひとつ分ほど離れた所で、淡い光を放っていた。はやく、あれを取らなければ。立って、戦わなくてはならない。なんたって俺たちが相手にしているのは、神託の盾騎士団 の主席総長で、ルークとアッシュの剣の師で、アルバート流剣術の継承者で、ホド最強と謳われた譜術士の息子なんだ。
 しかし、俺は立てなかった。体力は十分回復できている筈なのに。動かない。指が、動かないんだ。俺の宝刀はそこにあるのに、手放すその瞬間まで俺の手の中で爛々と輝いていた宝刀 が、少し手を伸ばせば届くところにあるのに!
 背後から、ルークの、ティアの動揺が伝わる。「ガイ!」と声を上げたのはルークだった。集まりつつある第七音素が、ルークの集中が揺らいだことで、不安定なゆらめきを見せる。譜 術に疎い俺にだって、それがわかった。だから俺は、「ルーク!!」とルークが俺を呼んだのより一際大きな声で叫んだ。



「落ち着け、ルーク!お前が今やらなくちゃいけないことを考えろ!!」



 ルークは一瞬、年相応の子供のような不安げな表情を見せたが、ぐっと踏みとどまってまたローレライを解放するための準備に入った。安定をみせた第七音素の収束に、俺はそれでこそ 俺のご主人様だ、と口元が緩んだ。

 あの時生み出されたばかりで、言葉もろくに話せず震えていたあいつが。
 あの時自分のやらかした事の重大さに気付いて、俺は悪くないと頭を抱えるしかなかったあいつが。
 今この世界の命運をかけてこの場に立っている。

 俺は渾身の力を立ちあがること、それだけのために込める。幼いころ救われた命を捨ててでも殺してやろうと思った男の息子を、命を懸けてでも守ってやることが、今の俺の全てだった。 あいつを子供でいられなくしたのは俺だ。7歳の子供に背負わせちゃならない重荷を背負わせたのも、俺は死にたくないと大声で泣き叫べなくしたのも!
 だから俺は立たなくちゃならなかった。全て終わらせて、あいつに俺に隠しごとなんてできると思うなよと教えるために。殺すためでなく、守るために力が必要なんだ。だから俺は、 お前を手に取らなくちゃいけないんだ!



 そうやって伸ばした右手が、別の右手と重なったような、気がした。



 青い光が俺の前に立っている。頼もしく大きな背中を俺は見ている。俺は、彼を見たことがある。俺は、彼を知っている。
 その人は、










 ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデとして生まれ、ヴァン・グランツとして生きたその男は、倒れ伏す主君ガイラルディアの前に青い光を見た。
 私は知っている。ガイラルディアを守るようにして立つその人を知っている。



「ジグムント、様」



 ジグムント・バザン・ガルディオスは、エルドラントの土の上に立っていた。その姿は、幼い日にヴァンデスデルカがその目に移したものと相違ない。困ったように笑う人、ホドのため に命を懸けた人。黒髪のホドの主。ホドを背負って立った男は、父ジグムントは、息子ガイラルディアと重なった。立ちあがったガイラルディア。その手には、宝刀ガルディオスから溢れ る青い光。
 ガイラルディアの目に、刀身と同じ青き光が灯る。それはガルディオスの色、守ることを絶対として生まれた剣の使い手の色だ。



 ガルディオスよ、我が主よ。
 貴方は…殺すためではなく、守るために剣を取ることを、選んだのですね。



 ガイラルディアは光を携えて、地を蹴った。運命か何かのように、宝刀ガルディオスが私の懐の内にするりと入り込む。貫かれた胸に、ふわりと風が吹いた、気がした。故郷の風だった。 私はゆっくりと仰向けに倒れた。


いとし背の君

10/04/18