ナナさん、起きてますか?…起きてませんね。疲れちゃったんスかねぇ。あー、もったいないな。今夜はこんなに、月が綺麗なのに。
…ナナさん。これ、独り言なんですけどね。あ、独り言だから、起きたりしないで下さいね。顔付き合わせて言うのもなんですけど。 あ、顔ちかい。改めて見ると、近い、近いっスよ。
と、話戻しますね。今だから、言える話なんですけど。俺、昔…って、10年くらい前の話ですけど。ずーっと、ね、思ってたんです。
消えてしまいたいって。色んな人に愛されて、いたんですけど。どっかで思ってたんですね、はやく、帰りたいって。音素のなかに。何で しょうかね、軽い自殺願望だったのかもしれませんね。でも、それが怖くもあったんです。いつか確実に訪れる、おれが消えてしまう日を、
恐れながら待ち望んでた。
ずっと、そんな風に自分に思わせるのが何なのか、わかんなかったんです。…そんな中で、おれとよく似た人に出会ったんです。覚えて ますか、ネツァクの、ベロマスカ、という人なんですけど。四天王の一人の。ああ、こー言うとなんか偉そうですねえ。実際偉かったんで
しょうが。
彼は…彼女は、えっと、とにかく、あのひとは。世界が愛しいと言っていたんです。そして、そこに生きるひとが。だから、あのひとは レプリカを憎んでた。レプリカは、世界にとって異物なんだって。不純物だって、あのひとは、言っていたんです。あのひと自身も、レプ
リカだったんですけどね。
おれ、気付いたんです。この人は、おれと同じだ。
…そうか。おれは、おれ自身を、レプリカを、異物だって、不純物だって、思っていたんだ。だから、消えてしまいたかった。うつくしい 、この世界に、居ちゃいけないんだ、と思ってました。
うん、ました。過去形ですよ。安心して下さい。
でもねえ、おれが生きたいって思ってたことも、事実なんですよね。消えることに恐怖を感じてた。消えたくないって思ってた。おれあの 時死にかけたんですよ。ベロさんと戦ったとき。あのひと、メチャ強だったんですもん。腸もってかれて、出血多量で、もう死ぬと思いま
した。でも、なんとか助かって、目ぇ開けたとき、ヌエさんがいて。ヌエさんは涙目でおれのこと呼んでて。あーおれ、生きてていいんだ、 まだここにいていいんだ、って思ったんです。あのときは、アンジェさんも随分泣かせちゃったな。
…ま、生きていたいって気付いたときには、もう感覚はほとんど薄れてたわけで。何でひとって、失ってからたいせつなことに気付くん でしょうね。気付いたときには、おれ、ぼたぼた涙流して、生きててよかった、生きててくれてありがとう、って抱きしめてくれた、アン
ジェさんの温度もわかんなかった。哀しかったな。うん、哀しかった。だから決めたんです、おれはいつか消えてしまう。おれはその日を 受け入れよう。やっぱり消えちゃうのは、怖いっスよ。どうしたって。でも、だから、…なんていうんでしょうね。それまでは幸せに、生
きていこう。いつか消えてしまう日の為に。
…そんな俺にケリ入れたのは、ナナさんでしたね。ショージキ最初はなにこのひと!ひどい!だったんですけど。へへ。でも、嬉しかった んですよ。何で痛がんないんだ、とか、何で諦めたような顔すんだ、とか。…ホントーに、嬉しかったんです。
今も、今もね。おれ、よく保ってるな、と思うんです。まだ生きてるんだなーって。まだ、生きていられるんだなー、って。それはね、 きっと、ナナさんがいてくれるからですよ。おれは、ナナさんの為に、生きてるんですからね。
…ね、ナナさん。起きてますか。起きてますよね。バレバレですよー。まあ、寝たふりしながらでもいーんで、聞いてくれますか。ちょ っとお願いがあるんですけど。
…抱きしめてくれますか。
わあ、ナナさんがもっと近い。嬉しいなあ。もっと近くなってやる。ぎゅー。
…ねえ、ナナさん。おれね。アンジェさんに、おれのこと忘れてくれって、言ったんです。そしたら、泣かれちゃった。ああ、…おかあ さん。泣かせるつもりなんて、無かったんだ。でも、…アンジェさんには、アンジェさんの、抱きしめてくれるひとが、いるから。だから、
アンジェさんは大丈夫。だいじょうぶ、ですよね。…肯定して下さいよ。そうじゃないと、浮かばれない。ああ、おれって勝手だなあ。
勝手ついでに、もうひとつだけ。お願いがあるんです。これは、ナナさんに。ナナさんだけに、お願いすることです。
ねえナナさん。おれのこと、忘れないでいてくれますか。
おれの人生、つか、レプリカ生かな、まあいいや、人生最大の、我侭です。
ほかの誰が、おれのことを忘れてもいいから、いや、ほんとは覚えてて欲しーですけど。とにかく、ナナさんだけには、おれのこと、覚え ていてほしいんです。
それなら、ナナさんが覚えててくれるなら、消えてくのも、世界に溶けてくのも、怖くないかな。
だって、おれが溶けてく世界は、おれの、ナナさんが生きてく世界ですから。だったらなにも、怖くない。あなたが生きる世界は、こんな にも美しいんだから。
昔、なにかの本で読んだんですけど。
ひとは、痛みを知らなくちゃあ、ならないって。そうじゃないと争いはなくならない、世界は変わらないって。
おれ、思うんですよ。世界はもう、痛みを知ってる。ひとは皆、痛みを知ってる。
だから、もう痛みを知る必要なんてないんですよ。きっと。ほんとは。そう、なんですよ。この、どうしよーもなく、優しい世界でね。
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