歩く死人の夜
満月の夜に出歩いてはいけないよ。
化け物が悪い子を連れて行ってしまうからね。
神父がそう、言っていたのを、思い出す。
酷く、すうとした心地があった。何時も何時も感じていた倦怠感とか、眠気とか、そういうものが全部飛んでいってしまった。歩いている
地面は夢の中のようにゆらりとはしていなくて、ただ平面で無機質に靴音を反射させていた。
それが普通だ。
それが平常だ。
カンパネッラ・リコは深夜、静まり返った満月の下に立っていた。
「『女神の眼球』」
目を灼くような金が揺らめいた。あのひとに呼ばれたような錯覚。傍らには銀色の弾丸が佇む。ピエトロは彼の母親に良く似ていた。
彼の母親と同じ顔をして、違う名前でカンパネッラ・リコを呼んだ。
足元に死人。
かつて『踊り狂う引き金』と呼ばれた女。
殺したのは月夜の化け物だ。
カンパネッラ・リコはかつての仲間を撃ち殺した。
「来い、『女神の眼球』」
ピエトロ・エレは荘厳に、傲慢に、天主の命を下す。
しかとコンクリートの地面を踏み締めてカンパネッラは笑った。
満月の夜に出歩いてはいけないよ。
化け物が悪い子を連れて行ってしまうからね。
神父がそう、言っていたのを、思い出す。
夢が終わり、夜明けが訪れようとしていた。目を閉じることはまだ、できなかった。
ネッラとピエトロ、シガレット
有る、或る、そこに混沌が在る
「かえりたい」
そう呟いた。何処へ。そう、腕の中のきみが尋ねた。何処へ。
何処かに。
どうしようもなく、背中が痛かった。なにか、大切なのか大切でないのかさえ分からなくなってしまったものを背負う背中が、それを持つ 腕が、それの重みをひしと支える足が、腰が、それを実感する脳が、思考が。
痛くて、痛くて堪らない。
計測機はとうに振り切れて、ただ鈍い痛みがある。
私の中に混沌が住んでいる。
傷だらけのその子を抱いて思った。
かえりたい。
かえりたい。
かえりたい。
エスト(+プティ)
12時26分の玉響 - 昼ごはん戦争
「…っ好い加減にしなさい!なんですかその食べ方は!テーブルマナーという言葉を知らないんですか!」
「食べたいもの食べてるだけっスよ何が悪いんスか!」
「蕎麦の残り汁をご飯にかけるなんて邪道だああ落ちたものを食べるな!」
「3秒数える前なら大丈夫っスよ3秒ルールって知らないんスか!」
「今5秒は経ったねぇ」
「測らなくていい!どこのルールだそれは!」
「ここのルールっスよ何か問題あります?」
「五月蝿いお黙りなさい!」
「こらあんたが黙りなさい!文句言わずにちゃんと食べる!!」
「…すんません」
「…ごめんなさい」
「お替り」
「はいはい」
パラレル、ジョカ・ベロ・エンジュとアンジェ親子
ワルツ
「ラグ」
彼女はもう答えなかった。眠るように、静かに眠りにつくように、彼女は動かなくなった。くらやみの中で炎のような髪の毛がきらり きらりと瞬いていた。自分のいのちを燃やして輝くという星星を嵌め込んだような瞳は目蓋の下に控えめに隠れて見えなかった。
ずっとみえなかった。
彼女を抱いた手のひらに冷気が集まる。ひとつ、ひとつと冷ややかな塊が生まれ始める。
凍らせてしまえ。
頭の中の獣が吼える。
…その顎を力ずくで閉じさせる。二度と開けぬように。
彼女を残せる訳がなかった。
氷の中の彼女が今までの彼女と同じものには思えなかった。
彼女はうつくしかった。
この世の果てまでのうつくしいものを全部集めて彼女はそこに立っていた。
彼女は人間とはなれた美しさを持っていた。
けれども彼女は人間だった。
人形であろうとした彼女は人間だった。
(置いていかれてしまった。)
エンドとラグさん
唇食らわば、君まで
「ピコは僕のことすき?」
「好きだよ」
「どれ位?どれ位すき?」
「…フェムは?」
「質問に質問で返すのはよくない」
ぐ、と唇を噛んで、ピコは口をつぐむ。フェムトは随分と口が達者になった。言いながらも律儀にフェムトはば、と両腕を一杯に広げて 見せて、「これくらい、ううん、もっと、これくらい?」と、満足に意思を伝えることさえできなかった口で呟きながら、これ以上広げ
られない位に好意の端と端を示す。こういうばかな所は変わっていない。
やがて、フェムトはやめ、と白衣を翻して向き直った。ばからしい行為を中断して、自分専用のチェアーに腰掛けたピコの頬をその両手で 包む。にこり、と笑って顔が接近。冗談じゃない。
「まっ 、」
5秒、
10秒、
15秒、
…
「まだ、足りない」
唇と唇が離れる。もっとすき。だけど伝えきれないからまた今度、フェムトが言った。そういえばそろそろ、医務室の当番か。
先ほどと同じようにフェムトはわらった。すきだよ、ピコ。
「先生、失礼します」
「どうぞ」
「此処に置いておきますよ」
「ああ」
「先生?」
「何だい」
「顔が林檎のようですよ」
…冗談じゃない!
ピコとフェムト+ワルツ