マリアと同じ顔をして

「おれ、ヴェスタさんが羨ましいです。すごく」
 彼は嫉妬だとか羨望だとかそういう感情を乗せない声でそう言ったわ。ただ自然に思い浮かんだことを口にしたような口調だった。私は 愛する人がいて、彼もそうだった。ひとつ違ったのは、私はわたしのなかであのひととのこどもを育むことができたけれど、彼にはそれが できなかった。ということ。
 彼は流行りの歌でも口ずさむように愛というものを囁いたわ。それは、彼の母親であったり、同僚であったり、通りがかりの知人で あったり、あいした人であったり、また、私にだった。けれど彼の囁く愛はきっと軽いものではなかったのね。彼にとってそういった ことを音に出すのは自然なことだったんだわ。彼が道端で、戦場で歌を奏でるように。
 彼は私なんかよりずっと繊細で、でも強かだったわ。私をかわいいと言ったの。私は恋をしていたわ。今もそう。私は恥ずかしくて 言えなかったけど、彼もずっとかわいらしかった。だって彼は恋をしていたんだもの。私と何の違いがあったのかしら。何が彼に愛する こと以外を許しはしなかったのか、未だに私はわからない。

 フィリエーレ、わたしが名付けたこどもをそのきずだらけの腕に抱いて彼は歌うようにその名を何度も呼んだわ。
 愛おしく細められた彼の瞳、彼の顔といったら。

 彼の顔といったら!

ヴェスタとジョカ、フィリーくん



愛の頂上決戦

「君がジェリィ・ネフィルですね」
「そういう君はジョヴァンネジョなんだっけ」
「ジョヴァンネ・ネイ・シュロースだいい加減覚えろ!」
「覚えろとか命令しないでよウザイんだけど。頭文字ジョだからって調子乗らないでよね」
「ニアミスでジェだからって負け惜しみは見苦しいよ」
「うるさいジョナサン派」
「どっちが。ディオ派め」
「ディオ派で何が悪いディオ最強だよ平伏すしかないね」
「ジョナサンの体奪って生き長らえたくせに!アブドゥルといいイギーといい花京院といい!3部ディオめ!」
「アブドゥルとイギーリタイアはヴァニラ戦だよあと3部からはDIOって呼べ!てめーは俺を怒らせた!」
「くっそれが僕の敗因かッ!」
「勝ったッ!第三部完ッ!」
「ふっエメロ!エルザ!終わったよ
「でもジョナサン派は譲らないからね」
「いやディオだからディオ」

ネネとゼリー



銀の弾丸、星を撃て

「ぜんぶ夢だったらいいなって思うんだァ」
 ブルーはすこし驚いたようだった。背中を丸めてライフルを宝物のように抱え込む姿は彼を実年齢よりいくらか幼く見せる。
「あなたはいつも夢を見ているように見える」
「君は?」
「悪いけど、そんな暇はないですね」
「正論だね」
 かれと真逆のいろをした火が、かれとカンパネッラを挟んで弾ける。ライフルの先っぽで地表を引っ掻く―――どうしようもない現実。 軍人が踏み荒らしたつちをかき混ぜる。おれたちが引くのは現実を撃ち殺す引き金であって、つい先ほどまで数百メートル先にふらふらと 彷徨うのは人間。ゆめを撃ち殺すことはできないが、人間を撃ち殺すことは容易い。それをふたりはよく知っている。
「夢だったらいい」
 夢だったらころせないね。
 頭のなかに現実でないものが巣食う男のささやきを受け流すことを、聡いかれはまたよく知っていた。

ネッラとブルーさん



お誂え向きのハッピーエンド

 視界を埋める、緑。だれかの瞳によく似ている。何の気もなしにそう思う。さて、あれは誰だったか。生きてきた年数はそう長くはないが、 脳裏に浮かぶひとたちは幾多と過ぎ去った。白衣の裾がばたばた踊っている。レースでも付いていれば綺麗かもね。そう言って笑ったこと を思い出す。あの時笑ったのは誰だったか。やわらかな風がくさはらを過ぎる。ひとりで僕は駆けていく。
 ピコが泣いている。

 一面のくさはらの真ん中でかれが立ち尽くしている。きっとそこが世界の中心なんだと思う。あの日泣いていたのは誰だったか。 あの日泣いていた僕らを救い上げたのは誰だったか。ピコは両手で顔を覆っている。僕と同じ色をしたクリームが、くさはらと同じに さああと靡いている。ピコが声を上げて泣く。風は駆ける。僕は駆ける。

 ピコが泣いている。

(ごめんね、僕が君をころすんだ)

フェムトとピコ



笑みの一つもくれりゃんせ

 ダアトは一年を通して温暖な気候である。大陸の西方に位置する火山がその所以であるが、コガラシは此処で軍人という安定した職を 持ってからのただひとつの不満に口を尖らせた。まこと風流でない。うだるような暑さ、葉を落とす木枯らし、白に沈む地表、芽吹きの 季節を迎えること、散り逝くものたちを見つめることは彼にとって嗜好といえるものであった。

「菊、」

 故に彼にとって大陸の外に出ること、ことに時の流れをにわかに感じられる地方へ向かうことはお勤めといえど心躍る事象であった。 ごぎゃあ、と聞き苦しい声に耳を傾ける。梅がもう咲いている。冬を少し越した日差し、ふくらむ花びら、隣に君とくりゃ、吉兆か。

「菊さん、鶯ですよ」

 そうだねぇ、と平坦な答え。傍らのひともまた風流を愛する気質である。ごぎゃあ、ごげご、ぎいい。下手糞な歌がバック・ミュージック。 鶯の初音は耳をふさぎたくなるくらいに聞き苦しいものだが、遠く遠くで鳴いているのか気にもならない。あるいは、タマギクの赤い傘が かれらの求愛の歌を遮っていたのかもしれなかった。求愛にしては出来損ないだ。彼らは繰り替えしくりかえし歌う、そうして大層美しい 愛を語ってみせる。
 例えばこの身がちっぽけな鶯だったとして、しかし赤い傘のさきに止まって歌うことはないだろう。自ら言うのも何だが、コガラシは 随分と薄っぺらな男である。そう考えると、感情で動かぬ彼より本能で歌うかれらの方が余程豊かかもしれなかった。仮に木枯らしという 名の小鳥風情が歌ったところで、奏でるのは木々を細らせる冬であり、何度繰り返しても下手糞な愛である。

「行きましょうか、菊さん」
「うん、がんばろーね」

 さて、今日も仕事だ。

コガラシとタマギクさん