僕の友達はプロリーグで活躍するデュエリストだ。リング・ネームをヘルカイザーといって、烏みたいな真っ黒な舞台衣装を身に纏い、繰り広げる過激なデュエルで病院送りにした対戦者は数知れず。浮かべる笑みはとびきり邪悪で、乱れ飛ぶブーイングが彼を讃えるスタンディング・オベーション。
 そんな極悪プロデュエリストこと僕の永遠のライバルにして唯一無二の友、丸藤亮は、デュエル・アカデミア発の連絡船に揺られる僕が電話をかけると「お前も、懲りないな」とか何とか嘆息してから自分の取っているホテルの名前を告げてきた。今シーズンでは初戦となる今日、僕も会場に出向きたかったのだけど、デュエル・アカデミアを出発するのが昼過ぎになってしまったので間に合わなかった。実は、今日はデュエル・アカデミアの始業式なのだ。2年亮より遅れた僕も、とうとう3年生になって、同学年の妹や十代くん、翔くん、万丈目くんたちと晴々しいこの日を迎えたのだけど…おっと、ホテルに着いたみたいだ。

 

「天上院吹雪様ですね」

 

 タクシーを出た僕がフロントに向かうと、きらめく星を五つほど掲げたホテルにふさわしく優美な女性が僕を出迎えてくれる。ヘルカイザー亮様からお承りしております、と言って静々とルーム・キーを差し出した彼女に、秘め事を囁くように顔を寄せる。「出来ることならでいいんだけど」悪戯っぽく笑って、僕は言う。「彼の、亮の部屋の鍵ももらえますか。彼のこと、驚かせてやりたいんです」
 彼女は淑女としての表情を少しだけ崩して、くすりと笑った。「ええ、構いませんよ」ともう一つのルーム・キーを差し出してくれる彼女に、感謝の印のウインク。見計らってやってきたボーイに荷物を渡し、ふたつの鍵を取った僕は、「ああ、もう一つ」と彼女に振り返る。

 

「亮はここをよく利用するんですか?」

 

 彼女はふっと笑って、「ええ、ご愛顧して頂いております」と言った。エレベーターが開き、僕はボーイと一緒にそれに入る。ライトが示す階数は51階。最上階だ。

 

 

 

 


「…何をしているんだ、お前は」

 

 鍵のかかっていないドアを開けたのは当然、僕の学友、丸藤亮だ。今シーズンの初デュエルを終えたばかりの亮は、既に彼のシンボルとなった真っ黒ないかつい舞台衣装を纏ったままで、キングサイズのベッドに横たわる僕を見て力が抜けたみたいだった。ルーベンスの絵みたいに横になった僕は、亮に向かって手を差し伸べる。

 

「おかえり〜、亮!どうだい?スイートルームのベッドで君を出迎える僕!デュエル疲れも吹っ飛ぶだろう?」
「…むしろ、頭が痛い」
「それは大変だ!すぐにフロントに電話して薬を取り寄せてもらわなければ」
「いや、良い。お前がおとなしくしてさえくれれば治る」

 

 酷いなぁ、と僕はふらふらとした足取りで頭を押さえる亮に投げて、身体を起こす。ベッドに腰かけたときには、亮がベッド・サイドで着替え始めていた。闇そのもののような黒のコート、インナーまでを脱いで、ベッドの上に無造作に置く。「駄目だよ、亮。皺になるよ」「後でやる。…疲れた」と、亮はやっと一息ついたというようにふーっと長い息を吐いた。
 パンツだけになった亮の上半身は、僕の知っている亮よりも逞しくてしなやかだ。背だって伸びた。在学中は僕のほうが大きかったのに、と何だか悔しくなってくる。肌の色だけは、彼の纏う黒と対照的に雪のように白くて、相変わらず惚れぼれしてしまう。僕がサーフィンだとか、水上ボートだとかですぐに焼けてしまうから余計に。

 

「前から聞きたかったんだけど、筋肉ついたよね。鍛えたの?ジムか何かで?」
「ああ、それなりのプロデュエリストなら皆通っている。それに…スポンサーが用意した服が、細身では格好がつかなくてな」
「あはは、何それ」

 

 何ていうか、形から入るなんて亮らしいなあと思ってしまう。デュエル・アカデミア卒業生のカイザー亮として特待生の白を纏ってデビューして、地獄から帰って来た帝王、ヘルカイザー亮として黒に身を包んでプロリーグの舞台に舞い戻った。それが僕のライバル、僕の友…僕とデュエルをし、僕を友と呼んで、僕の中に残った闇の思念を消し去った男、丸藤亮。
 壁一面がガラス張りになった、亮愛用のスイートルーム…それに向かうように、亮が立っている。亮が何を見ているのか…眼下の市街地に灯る無数の明かりを眺めているのか、それとももっと遠くのものを見ているのか、僕には分からない。僕は2年生の時開催されたジェネックスで亮と戦い、ヘルカイザーになった亮が、リスペクトを忘れたようなデュエルをやってみせた彼が、自分の信念までもを捨ててはいないとは確認できたけれど、理解しがたい部分はまだ残っている。…例えば、君が【地獄】で何を見たのかだとか。


「ごめんね」

 

 亮が振り返る。少しだけ驚いた顔。
 僕は苦笑する。

 

「僕がちゃんと卒業できていれば、君のことをもっとずっと近くで見ていられた」
「それは…お前の責じゃないだろう」

 

 それに、いずれ俺がぶち当る命題だったと亮は言う。でも、それでも僕が君の傍にいることができたら、誇り高い君が地に堕ちたとき、わずかなりと助けになることができたんじゃないか。そんなことを、考えてしまう。
 1年。僕が【いなかった】時間。その間に亮は3年生になって、明日香が1年生として入学してきた。亮は並ぶものなきデュエル・アカデミアの帝王となり、卒業までその地位を脅かされることはなかった。最強でパーフェクトな帝王、それはきっと孤独でもあったと僕は思う。孤高と孤独は時として同じものだから…。僕がいない1年間、亮はどんな風に過ごしてきたのだろう。明日香の兄代わりとして過ごした1年で、どんなものを見てきたのだろう。それを共有できる誰かは、いたのだろうか?

「そんな顔をするな…吹雪」

 

 本当なら。

 

 君と同じ時間を過ごしたかったし、君と同じものを見ていたかった。卒業したって、同じ舞台に立って、壁にぶつかった時はすぐにその肩を抱いてあげたかった。
 …それが、友っていうものだろう?
 君は、闇に囚われた僕を待ち続け、そしてその残滓を取り払ってくれたじゃないか。

 

 僕は、僕の悔いを振り払うように笑う。亮もまた、すこしだけ口角をゆるめた。僕の好きな笑い方。僕の友のする笑い方だった。
 彼が変わったと嘆く人がいる。だが、僕はそれほど悲観的でない。頑固なくらい真面目なところ、ホテルの従業員にも好かれるような紳士さやさりげないやさしさ、笑み。それは亮のもので、時間を得た分だけ磨かれゆく亮の魅力だ。彼は僕のライバルで、友達で、妹を守り僕を救ってくれた恩人。それだけは、絶対に変わらない。
 例え、同じ景色を見ることが叶わなかったしても、それだけは。

 永遠だ。

 

「…ところで吹雪、今回は荷物が多いんじゃないか?」

 

 おおっと、バレたか。

 

 お前の部屋の前に、段ボールが二つ三つ積んであったんだが。そう言われて、僕はてへっと舌を出す。
 今日はデュエル・アカデミアの始業式。そして、僕は事前に今日からの日付で休学届を鮫島校長に提出していた。その仔細を説明すれば、亮は驚いて口を噤んだ。そして一言目が「お前、出席日数は大丈夫なのか」。酷い。「失踪前の日数も合わせて、ギリギリ大丈夫な範囲でねっ」と注釈しておく。これ以上留年したら洒落にならないってば。

 

「それにしても、どうして」

 

 驚きを隠せずに幼げに問う亮、僕の友達に、僕はウインク。

 

 

 

「なあに。君と同じ景色が見たかったのさ」

 

 

 

 できるだけ長い間、ね。

 

 ふーっ、と、観念した様子で、ベッドに腰を下ろす亮。勝手にすればいい、という了承の返事。いつだってそうだった。亮はいつだって、僕のわがままに振り回されてくれた。

 

 

 

「それじゃ、ヨロシクね亮。僕の友達」
「…ああ。吹雪、俺の友」

 

 

 

 さぁて、ところで亮、君のマネージャー職って空いてる?

 

僕の友達

11/09/21