それは暗がりから現れた。差しいれるようにスラリと踏み出す脚。無機質な廃ビルの隙間から漏れだすように現れたそれを、丸藤亮は泰然として迎えた。目を焼くような白。己が鎧う漆黒とまったくの対照をなす色を纏い、それは、再び同じ名を呼んだ。
「…亮」 天上院吹雪。
この町でただ一人、ヘルカイザーと呼ばれる男をその名で呼ぶ人間。
亮が吹雪の肢体を抱きすくめたのは、一瞬だった。亮の腕は、生贄の竜を抱きかかえるかのように憐れ深く、残酷だった。哀れな竜使いは悲壮にもふるふると瞼を震えさせる。「亮」、と、鳴き声のように親友の名を呼んで、静かに目を閉じた。
「吹雪」 ヘルカイザー亮は、その恐るべき名の片鱗さえ伺えない静かな声でそう呼んだ。かつて、彼がカイザーと呼ばれていた頃と同じ、水面のように穏やかな声だった。 『亮』
吹雪が己を呼んだ声を思い出す。吹雪は、度々デュエルアカデミアを抜け出して亮の前に現れた。その度に無体を働いたが、吹雪は懲りずに姿を見せた。何度も、何度も。 「…吹雪、」 俺はもう、こんなになってしまったよ。
亮は、ヘルカイザーは、漆黒を纏いホテルの部屋を後にした。背を焼く光を遮るようにして、ドアが閉められた。
天上院吹雪は寝台の上からヘルカイザーと呼ばれる男の後ろ姿を見ていた。潔いまでの黒を纏ったその背が遠ざかるのを、吹雪は黙って見つめている。それに手を伸ばそうとしたのに…どうせ動けやしないのに、愕然とする。 『吹雪』
亮が己を呼んだ声を思い出す。デュエルアカデミアを卒業し、あの島を後にする亮を、吹雪はただ見送った。やがて亮はその身を落とし、ヘルカイザーとして甦った。 「…亮、」 許してくれ、亮。僕はこんなに、浅ましい。
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No title.
11/09/05