「あっ

 

 なにかを咥えている。亮は、どこか遠いところから見ているかのように自分の行動を俯瞰している。亮は【それ】を大事そうに包みこんで、先端に舌を這わせる。その度に、それはびくびくと震えて、亮はそれが堪らなく愛おしい。亮の腰についた同じものがそれと同調して昂るのを感じた。亮は、愛おしいものを一際強く吸い上げる。

 

「あ、ああ」

 

 闇が開ける。
 亮の口の中で射精した吹雪が、溶けた目でこちらを見ている。

 

 

 

 


中学生か、俺は」

 

 朝、目覚めた亮は、下半身の違和感に気付いて布団を捲り、絶句した。

 

 この歳で、夢精するなんて。
 それも、夢の中にいたのは

 

 亮は、ええい、と声を上げ、ベッドを立つ。とにかくこの不快感をなんとかしなくては。ほんの少しの躊躇のあと亮はよろよろと自室の洗面所に入っていった。ズボンを脱ぎ、下着を脱ぐ。ぐっしょりと濡れた下着。
 力任せに蛇口を捻った。勢いよく流れ出る水に下着を晒して、ゴシゴシと力を込めて洗う。先にシャワーを浴びれば良かった。舌打ちをひとつ。もし、誰かが今の亮を見たら、誰だって幻滅するに違いない下に何も身につけず、夢精した下着を洗うカイザー・丸藤亮。
 
糞ッ」

 らしくない悪態。最悪の朝の始まり。

 

 


「亮、おはよう!」

 

 オベリスク・ブルー寮の食堂で出くわした吹雪は、いつものように快活な笑みを浮かべて亮を出迎えた。件のいざこざで朝食の時間に遅れた亮は、おはよう、と頼りない声で答えて、席につく。
 吹雪と朝食を取るのはいつものことだが、あんな夢を見た後に顔を突き合わせるのは心臓に悪い。

 

「おやおや、どうしたんだい?元気がないね、亮」

 

 心配して声をかけてくる吹雪だが、その優しさに亮は後ろめたさを増す。こんなに亮を気にかけてくれる心優しい友人に、なんてことをしたのだ。朝食のプレートを取っては来たものの、手は鉛のように重く、うまくスプーンを口に運べなかった。
 対する吹雪は、いつもに増して溌剌として調子がよさそうだ。心なしか肌もつやつやとして、浮かべる笑顔は輝く陽光を放つよう。見るものを惹きつける吹雪が、今は亮だけを気にかけ、その光を亮に分け与えていた。亮の興味を引き出そうと、近日入荷される新しいパックの話を持ち出した。自身も朝食を口に運びながら吹雪がトマトのマリネをフォークに突き刺し、口に含む。吹雪の上下の唇の間からつるりと引き出されたフォーク、むぐむぐと動く吹雪の口。夢のせいか、ただ咀嚼しているだけの吹雪を見つめてしまう何も知らない吹雪を。
 ああ、と口には出さずに、亮はテーブルに伏したくなる。俺はこんな下衆だったのか。慌てて助け起こそうとする吹雪に、亮は、申し訳が立たずに応えられない。

 

 

 


「ふっうぅっ」

 

 跨っている。亮が跨っている。眼下に見えるのは、友の、吹雪の、苦しそうな顔。
 今度は亮が自分のものを咥えさせていた。吹雪に。亮は吹雪に跨っている亮の臀部で、圧力をかけられた吹雪の鎖骨と胸が、苦しげにびくん、びくんと上下して、亮を少しだけ浮き上げる。亮は夢中になって、吹雪の咥内を荒らすペニスをぐりぐりと押し付けて、愛撫を強請る。吹雪の髪、亜麻色の髪をぐいと掴む。吹雪がぎゅっと目を瞑った。亮は吹雪の髪の毛を掴んで吹雪の咥内を生殖器に見たて、何度も揺さぶる。

 

「ふ、ふぁあ、あ」

 

 えづく吹雪に、たまらず亮は射精した。亮は、断続的に放出されるそれを、一滴残らず吹雪の咥内に与える。吹雪の喉仏が大きく動くのが見えた。それに、亮は満足した。とても、満たされた気分になった。吹雪を支配した。万人の太陽である吹雪を。そんな気分になった。例え夢であろうとも、これは亮がずっと望んできたことだったのだ。
 吹雪は吹雪は、げほげほと咳き込み眉を苦悶の形に寄せながら、亮を見ていた。今にも溶けてしまいそうな、とろんとした目で、確かに、亮を。

 

 

 

 


……………

 

 最早言葉も無い。
 亮が、洗面所に立ち今度は、先にシャワーを浴びて身支度を整えてから汚れた下着を洗う。

 夢だった。
 そして、またしてもそこに吹雪が現れた。

 吹雪に合わせる顔がない、と亮は思った。
 こんな体たらくで、どんな顔をして吹雪に会えばいいのか
 このまま、ベッドに倒れ込んでしまいたい脱力感があった。だが、そんなことができる筈も無く。亮は洗い終わった下着を干し、覚束ない足取りで部屋を後にした。

 

 


 食堂に向かう途中で、吹雪に出くわした。今日は吹雪も遅れてきたらしい。寝ぼけているのか、ふらふらとした足取りで歩いていく吹雪に、亮から声をかける。

 

「吹雪」

 

 おはよう、と投げかけた亮に、吹雪が振り向いた。「おはよう、亮」。その表情に、心なしか疲労の色が見えるのに亮は気付く。あの吹雪が、珍しい、と亮は問いかけた。

 

「どうした、吹雪?」
「どうした、って?」
「どうしたも、こうしたも疲れているんじゃないか?顔色がよくないぞ」

 

 吹雪を心配する心を前にして、吹雪を夢に見て夢精した背徳感はなりを潜めていた。吹雪は亮を心配させまいと笑みを作ろうとする、が、様子が変だった。吹雪は、亮と視線を合わせるのを躊躇っているようだった。

 

「何でもないよ、亮」

 

 

 

 ただ、変な夢を見ちゃって。

 

 

 

 その、頬に吹雪のいつもより艶のない頬に、白いものがこびり付いてるのを、亮は気付いてしまった。

 

 

 

 


「あ、あっ、はあン、」

 

 亮は揺さぶる。吹雪を揺さぶる。吹雪の引き締まった美しい脚を割り開き、秘められたその場所に猛るものを突き入れる。
 揺さぶられる吹雪は、M字に開かれた脚を宙に浮かせたまま、虚ろな瞳でただ快感を享受する。ただ、その瞳は虚ろながらも確かに亮をがとらえていた。引っきりなしに上がる嬌声の合間に、獣のような悦びの声の合間に、人間の、友の、吹雪の声が、聞こえた。

 

「どうし、て、亮」

 

 亮は腰を振るのをやめなかった。愉悦に頬がゆるむ。理解した。俺は、理解したんだよ、吹雪。言葉の代わりに笑った。喘ぐ吹雪を嘲笑った。

 

 

 

 俺はずっと、お前をこうしたかったんだ。

 

 

 

「アァッ!」

 

 

 

 


「おはよう、亮」
「おはよう、吹雪」

 

 太陽も麗らかな朝のオベリスク・ブルー寮で、ふたりは挨拶を交わす。

 

 夢ならば、終わりがあろう。
 実に現とは、悪夢である。

 

夢の通い路

11/09/13