父が妹の天を覆っている。裸体の妹に父がおおい被さり、ほっそりとした体をゆすっている。父の腰が前後に振られるたび、妹は「とうさん、とうさん。」と涙を流して喘ぐ。
チェス盤を見ているようだと思った。さいしょから決められていたことのように父は妹を犯し、妹をゆさぶり、腰を振り、妹が啼く。まるでチェスの駒をすすめるように、背徳の遊びはなされていく。父と妹はチェス盤の上の駒であり遊戯者であった。
この遊戯はいつまでつづけられるのだろう?世界が眩みはじめ、その場にへたり込む。すると、寝台の上の妹はこちらに目をよこすのだ。父に揺さぶられながら、押さえつけられながら、ちいさな性器がくだけちるような穿ちを受け入れながら。妹はこの苦悩を、よごれゆくばかりの寂しみを知らぬような顔をして無垢に笑うのだ。いつまでも。

 

 

 

 


燐寸が、赤燐とのいくどめかの接吻を経て、火をともす。けがれなき少年によって灯されたせいなる火は、ふたつ山を描いて、三又の燭台に移される。転移した聖性を、少年は掲げ持つ。金色の燭台。みっつの蝋燭の向こうに、ひとりの少女が座り込んでいる。チェス盤を思わせる白と黒のパターンの、彩冷える床にへたり込む少女は少年の妹であった。少女は気に入りのヴェールを剥がれ、まったくの裸体で、己に向けられた燭台の火にふるふると身を震わせた。それでも兄の言いつけ通り、床にぺたんと両手をついて、股を大きくひらき、兄の蒼い眸の下にすべてを差し出した。

 

「…父は、」

 

燭台を、掲げる。みっつの蝋燭のさきで、火が、風をきり、軌道をのこして、妹へと掲げられる。妹の目がゆれている。火影とおなじに、まがまがしい赤の睛が。

 

兄は問う。

 

「お前の顔に触れたか。」
「…はい、触れ、ま、した。」
「お前の胸に触れたか。」
「は、い。」
「お前の腹に、触れたか。」
「…は…ぅうっ、ぃやあっ…あにき、いやだぁ」
「黙れ!そんな言葉は聞いてなどいない。私の言葉を復唱しろ、できないのなら盤面から下りろ!」
「は、い!触れました…!父さまの、おっきい手が、おれのお腹、撫でまわしました、おれの口に突っ込んでた、湿ったゆびで、おへその中に、ぃいっ!指つっこんでぇっ、ぐりぐりって…ぇっあっあ、やぁ、ィぎいっ!!」

 

少女の腹に蝋が落ちる。妹の腹の地表に垂れながす溶岩が、へこみに合わせて流動するたび、妹はのたうち雄たけびのように絶叫した。
肉の焦げるにおいがした。兄はひどく鼻につくそれに顔をしかめることもなく、燭台をゆらした。これは正しい行いなのだと兄は心から信じていたのである。妹の肉が焼ける、それは妹の堕落した肉体を浄化することなのだ。敬愛する父を肉欲に駆り立てる不浄を。

 

「父は…。」

 

お前のここに触れたか?燭台を、妹の股ぐらに向ける。妹がはい、と答えた瞬間に、焼けた蝋が妹の不浄のばしょに落とされた。妹は叫ぶ。泣き叫ぶ。焼かれ、のたうち、なき吠える。はい、触れました、父さまはここに触れました、父さまのものをおれはここで受け入れました、おれを揺さぶって腰を振る父さまを、締め付けて、愛して、父さまの出したものをぜんぶぜんぶうけいれました、一滴のこらず。…ヒッぎぃいやぁあああああああああああああッ。

 

「汚らわしい…」

 

不浄のばしょに浄化の火を灯さなければならない。少年は少女のからだに火をつけた。父が触れた顔、父が触れた胸、父が触れた腹、父が触れた股ぐら、父が、汚した、妹のはらわた。

 

【私】は火を掲げた。溶け落ちる蝋と火が妹を燃やす。妹の不浄の肉を燃やす。4つの蝋燭。ひとつが欠ければゲームは成り立たない。4人が存在しなければならないのだ。それが彼と彼女のルール。復讐の火を掲げるための。

 

 

 

「…魔女め。」

 

 

 

妹が父を汚したのではない。
父が妹を汚したのだ。
父が妹を魔女にしたのだ。
…父への愛が、妹を魔女にしたのだ。

…この遊戯は、いつまでつづけられるのだろう?

 

 

 

 


「なぁんだ。また、負けちゃった」

 

盤面の向こうで、トロンは諸手を上げた。「アア、詰まらない!」そう、癇癪を起こした子どものようにわめきたてるさまがいとおしく、Wはくっくっと笑った。
女の笑いを聞きたてて、トロンは少年に縮められた体躯にぴったりとあつらえられた豪奢なイスに座りなおしふん、とうそぶいた。まだ、機嫌を損ねたままのようだったが、Wは居ずまいを正しゆったりと自分のイスに腰掛けて父へ向かう。ここはチェス盤の外。父と自分は遊戯者。ここは父と自分をとらわる黄金郷だ。

 

「ズルいよ、バイロンを堕落させるなんて。君の父親は娘を強姦する犯罪者かい」
「それでも私はよかったわ、お父さま。兄のくべた浄化の火は心地よかったわよ。」
「魔女は皆火あぶりさ。クリスは君を愛していたからねえ。火をつけるとは思わなかったけれど。やれやれ、これでまた最初からだ。いつになったら僕は復讐の火をくべることができるのやら」
「ダメよ」

 

ゲームは終わらない。一人でも欠ければ復讐は成り立たないのだから。トロンは復讐を果たせないのだから。兄を堕落させたくはなかった。弟を堕落させたくはなかった。だから、Wは魔女になった。父をとどめるためならば、この身は幾度でも焼かれよう。幾度でも引き裂かれくちはてよう。

 

 

 

「父さまは、ここで私と遊ぶの。だって、あなたを愛しているんだもの、お父さま」

 

 

 

この遊戯は、いつまでつづけられるのだろう。
盤面の内で、外で、かれらは問い続ける。

 

彼女は答える。

 

「いつまでも。」

 

夢みる魔女

12/06/21