こう言えば性的倒錯者のことばと取られそうだが、Xは弟とのセックスの最中ブイと呼ばれるよりも兄と呼ばれる方を好むようだ。

自分のことであるのにようだ、という言い方をするのは、実のところ自分でもよく分からないからだ。確かなのは、弟が(Xには弟がふたりいるが、こういう行為に及ぶのは上の方の弟だけだ)今にも眼窩に収まるふたつの紅をとろけ落ちそうに潤ませて、Xの背中に腕を回し、「ブイ」とふるえる声でXの名を呼ぶと、Xはそのちいさく頼りない音を掻き消すようにかれの奥を強く穿つのだった。がくんと揺れた弟のからだ、汗ばんだ褐色の肌をしたからだに舌を這わせると、弟は今度は「あにき」と決まってそう呼ぶのだった。「あ、にき、あ…に、きっ」そうするとXは舌をWの唇へやり、褒めてやるかのようにそれを舐め、くちづけをするのだった。そのころには、XもWも果てに行きついているのだ。

 

 

「とんだ変態だなぁ、あんたは」

 

 

冒頭の呟きを漏らすと、案の定Wは憎まれ口を叩いた。行為のあと、後始末もせずに怠惰に寝転がっている弟に、Xはため息を落とす。「お前に嘲られるいわれはない」とXが返すとWはへェッと憎々しげに笑う。

 

 

「あんたが認めよーとしなくたって、オレは前から分かってたぜ」

 

 

元気になるからなぁあんたの、オレが兄貴って呼んだらな、とWが高貴さの欠片もないことを言うので、XはぺしりとWの額を叩いた。いってえ、と容易く眦に涙を浮かべるW。その肩からベッドクロスがはがれているのを見て、Xがかけ直してやる。

 

Wの品無いげらげらという笑い声が止んだ。XがWに目をやると、Wは真面目な顔をして、Xをじっと見つめていた。もう潤んではいない一対の紅がXを。

 

 

 

 

あんた名前がきらいなのか。

 

 

 

 

「ブイ」って名が。Wにそう言われて、Xは胸中面食らったが、そうかもしれないと思った。Xは名前を持たなかった。Xとはただの識別番号に過ぎない。真っ当な人間ならば当然、持っている筈の名前というアイデンティティをXは持たなかった。WもVも同じように。

だから兄と呼ばれることを好むのかもしれない。そこに介在するのはXとW、Vの関係性だけであり、兄と弟であるという事実だけである。兄と呼ばれるとき、Xを「ブイ」と規定するものはなにもない。ただの「兄」でいられる。失ったはずのアイデンティティを、保有しているような気持ちになれる…Xは自分の思惑をそう推測した。XとはX自身にとって観察対象だった。

 

押し黙ったXをみつめていたWは、飽きたのかごろんと寝転がってXに背を向けていた。Xよりも色濃い、骨がうすく浮き出た背中、みえないくらいにまでなったちいさく細かなキズをいくつも負った背中をみていたXは、すうと手を伸ばし、Wの頭に乗せる。そのまま金紅のツートーンの髪を梳いてやると、Wはもぞもぞと居心地悪げに肩を震わせた。ふいに、Wの顔が見たいと思った。Wはそれに応えるかのようにすっとうつぶせになった。ルビイの瞳があやしい笑みに細まってXを見上げていた。それが今度は期待に潤んでいるのをXはしっていた。

 

欲しがりの孤児たち

12/02/24