「これは仕置きだ、W」
「分かるな、弟よ」と兄にあたる男はWに同意を強要する。剥き出しの背面に覆いかぶさってくるその男に、Wは唾を吐きかけてやりたかった。だが、Xが細身ながらもたくましい胸板を押し付けてきたならば、うつ伏せの体勢を裏返すことすら叶わなかった。
罰、制裁、あるいは拷問とも解されるこの行為を仕置きとして行うことを、兄はかつてその主人から学んだ。これは『仕置き』だ、お前が悪いことをしたのだ、いい子にしていればすぐ終わる。兄はかつてその主から投げかけられた言葉を弟に投げかける。Xがそうさせられたように、Wの衣服を脱がせて屈辱的な格好をさせる。…恐ろしいのは、Xがその行動に何ら疑問を持っていないことだ。
「ぐ、う…」
挿入にはいつも痛みが伴う。仕置きなのだから。自分のものをWの中に埋めながら、「Vを殺すつもりだったのか」とXは言った。はあ、はあ、と。酸素が足らずに馬のようにくりかえし激しく息を吐くWは、くらくらする頭でXのことばを噛み砕く。
偶然だった。Xの命令で決闘者を襲った後、屋敷に戻るとVと鉢合わせたのだ。「お疲れでしょう、Wにいさま…」と、ティーセットを用意しようと踵を返したVの背中を、Wはおもむろに蹴ってやった。絨毯の上に丸まるようにして倒れ込む弟を、どうしてこんなことをされるのかと言いたげな揺れる瞳を見ていたら、自然とWの右手は振り上げられていた。それから無茶苦茶にそれを振り下ろした。何度も何度も。弟の悲鳴を拳が肉を打つ音で打ち消しながら。そこをXに見られたのだ。Vが、救われたような目をして兄を見ていたのも…気に入らなかった。
「…殺してやる…」
肉が肉を打つ音がする。わなわなと口を開いて、Wは呪詛と唾液を吐きだした。後者は皺くちゃのシーツに溜まりを作って、前者は結合部の打音や鈍い水音をこえてXの耳朶を打った。
「殺してやる、クソが、いつか、こ、ころしてや、るっ、ひっ!!」
口を慎め、W
と、Xが声を降らす。一際強く、奥まで突かれて、Wは一瞬するりと自分の意識を手放してしまいそうだった。Xの声が遠くから聞こえた気がする。空の上から、天上から、届かないあの場所から。
その声に歯向かう術など、Wに持たされていないのだ。
はあ、はあ、…は、あ、とWは、人形のように力なく四肢を投げ出して、自分の中で動いている兄を見る。
Xはいちど動きを止めた。紅潮すらしていないきれいな顔で、Wをはるかに見下ろしていた。
「昔のように私のことを呼んでみろ、W。お前がいい子にしていれば、仕置きは終わるんだ」
「…だ、誰が…っ」
Xの眉がぴくりと動いた。忠実でない人形はXに愛されない。
「ひぁ、あ…」
「呼ぶんだ。そして、許しを請え。弟よ」
「…う、う」
Wの眦に涙が伝う。
「ご、ごめんな、さい、ごめんなさいッ…X、にいさまぁ…っ」
その双眸から光が消え、そうやってWはまた、いつもと同じように、兄の人形であることを、享受する。
疲れた、
と思った。衣服をととのえ、自室に戻されても、ベッドに倒れ込んだきり、体を動かす気が起こらなかった。兄の仕置きのせいだけではない。Wは疲れていた。人形として使われることに、だ。
意志などない。名前も覚えていないほどの数の人間を欺き、裏切って、望みうる最高の賞賛を受ける立場になってなお、自分は兄に、そして王のように威張りくさる主に使われているに過ぎない。あの兄も、あんな仕打ちを繰り返す兄すらも操り糸のままに動く人形に過ぎないのだと知っているから…滑稽なことだ、とWは枯れた喉でケタケタと笑いたくなる。
「…W、兄様」
いつのまにかWの部屋にあらわれたのはもうひとりの人形だ。Wがわけもない苛立ちをぶつけた場所はきちんと手当てがされている。おそらくXがやったのだろう。Wと違って…利口な人形はXによくよく愛されている。
Vの双眸からは光が消えていた。ふらりふらりと、半開きのトビラから漏れ入る光だけが照らすWの部屋を、Vは歩いてくる…そしてVは、Wの寝台までやってきた。弟と言うべき傷だらけの少年は、呆けのように開いたままの唇の向こうからうつろな声を響かせた。
「W兄様は…知るべきなんだよ…僕が、兄様たちのさいごのはけ口が、どんな心地でいるか」
少女のような弟がWのベッドに乗り上げる。
Wは思うのだ、やはりVは、Xの最も好ましいお人形だと。
「これは…お仕置きだよ、W兄様」
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