父の死を私はDr.フェイカーによって知らされた。父の親友であったフェイカーは、父であるバイロン・アークライトが冒険の途中で自分を庇って命を落としたことを私に語った。協力者であった、九十九一馬、東洋の屈強な冒険家がともに犠牲となったことも私にとって痛ましい出来事であったが、父の死という事実は、クリストファー・アークライトという名の15歳の少年の世界を反転させた。この世の何よりも、強く、賢く、美しい父の栄光を、私は心から信望していたし、父の傍で手伝いができることをこの上ない誇りと考えていた。小さな弟たちではなく、自分が父の隣に立ちうることに、愉悦さえ感じていた。それほどまでに、父とは、バイロン・アークライトとは、クリストファー・アークライトにとって神にも等しい存在だったのである。
その、父の死を聞かされた瞬間、はっとなって、私は硬直した。それでは、あの子たちはどうなるのだ。父と私の帰りをけなげに待つあの子たちは。きらめく黄金と緋の髪にふさわしい笑みをかがやかす子ども、おおきな緑玉に目一杯のひかりをたたえた子どもが瞼にうかび、途端、目の前が真っ暗になる。あの子たちに何と伝えればいいのだろう。いや、それ以前に私は、私が、両の足で立ち続けていられるかどうかさえ、わからなかった。寄る辺なき私の肩を抱く父の腕も、父のまなざしも、もうないのだから。えいえんに、失われたのだから。

 

「しっかりしたまえ、クリス」
「しかし、Dr.フェイカー私は、どうしたら

 

わななく私を抱いたのは、フェイカーだった。

フェイカーは、両の腕をもって私をしかと抱きとめた。父の腕ではない、父の胸ではない、父のまなざしではない。それでも、与えられた圧力は、温度は、私が寄りかかるには十分すぎた。私は、たまらず、フェイカーの胸に縋りついたのだ。

 

 

 

「私がいる。
 我が友、バイロンの分も、君を愛す」

 

 

 

あの瞬間、私はみずからいばらの冠を戴いた。

 

 

 

 


「大きくなったねェクリス」

 

はじめ、寝台の上で私に跨るのがなにものか、分からなかった。【それ】は私の胴に乗り上げて、ちっぽけな指で私の首を締め上げた。皮ふに沈みこむ10本の触手は怖気がくるほど冷たく、心臓を締めつけられている気分がする。酸素の供給路を極限まで狭められ、うつろになる蒼の両目から、その表情は見えなかった。だが、私は理解した。その男が私を見、私に触れ、私を呼んだ瞬間、私は震えた。驚きに、恐怖に、歓喜に、狂喜に、狂気に。

 

「とう、さ、ま」

 

それは、狭まる気管の隙間を縫って音となった。その男は私の吐きだした音を正しい意味に聞き取って、瞬間、ばね細工のようにはじけとんで笑いだした。声をうらがえすための笑いのような笑いに、私はくちの中に溜まった液体を吐きだすこともわすれて、硬直した。おさまりきらぬ唾液がタラリと流れて唇のはしを伝っていった。

 

「せーいかい!」

 

狂人のような笑い声を出すこどもの姿をした男のさけびに、私は弾けるように咳き込み始めた。逆流する、逆流する、からだの内側から、わたしの中のすべて、あの日、父の死を語り聞かされたあの日から、わたしの中に蓄えられたすべてが、吐き戻されるようだった。
―――かれはわたしをハートランドへ閉じ込めた。君までも失うわけにはいかないとかれは言った。きみの弟たちは私が責任を持って守るとかれは言った。かわりに私にはふたりの子どもが与えられた。弟たちのかわりに、かれの息子たちが私の空白を埋めた。からっぽの私は、あの子たちに寄り添い、すこしだけ満たされた。それでも埋められぬ空白は、かれの手で埋められた。かれの下す圧力、かれの下す温度、かれの下すものを残さず受け止めるとき、わたしはやっと、満たされた気分になる。冠ったいばらを脱いで、わたしは天上へつれてゆかれるのだ―――

 

ふぅん、」

 

はっとして、私はその男を見る。男はいつの間にか、私の目の前にいて、私の額にてのひらを翳していた。

 

 

 

「成る程ね。クリス、きみは父親を失った失意から、Dr.フェイカーに抱かれ続けていたんだね。奴の息子たちと馴れ合って、満たされたような気分になってだけど、きみの本当の家族はどうなのかな?きみは、きみの本当の家族を、忘れてしまったのかな?きみの家族の痛み、苦しみ、そして
 怨みを」

 

 


私は、

 

 


がくがくと、震えだす。「そんな。xxxxは、」その男は、私の額に翳した手をゆっくりと皮ふに接着する。奴の言葉を、ほんとうに信じていたのかい?そう言って、男はわたしを見る。金色の目。その顔は、顔は、顔は、むきだしの、顔は。

 

「あ、」

 

父の手で、

 

 

 

「あぁあああああああああああぁぁあああぁああぁあああああああああああぁあああああああああああぁああああああああああああああああああああッ!!!!!?????」

 

 

 

わたしの頭にいばらの冠が載せられる。

 

悲鳴がきこえる。弟の悲鳴。弟が目を押さえている。右目を押さえている。紅い赤いあかいアカイ血がぽたりぽたりと雫を垂らす。止まらない。止まらない。止まらない。ああ、悲鳴が聞こえる。泣きながら叫んでいる。助けて。助けて。誰か助けて。兄さま、兄さま、助けて兄さま、どこへ行ったの。ひとりはいや。ひとりにしないで。泣く子どもたちをだれかがあざ笑う。だれもがあざ笑う。天上からは見えないこの世界の水底であの子たちが泣いている。助けて!助けて!助けて!痛いよ、苦しいよ、助けて!助けて、兄さま!

 

 

 

「「クリス兄さま」」

 

 

 

「あ、」

 

 

 

私の額に青い紋章が光っている。それは、ゆらめきながら、灯り、滅し、を繰り返しながら、わたしを貫く。

 

 

 

「うぁあああ、あぅ、い、ぃいい、 やぁ、う、 そぉ、わ、た 、しぃ い、あ、は あ、あぅ っ、」

「かわいそうに。かわいそうに、クリス。いけない子、悪い子だ、家族のことを忘れてしまうなんて」

 

 

 

男は、子どものすがたをしたばけものは、私の紋章を戴く額を撫でた。ちいさな一葉のような手が紋章をさするたび、私は悲鳴を上げてのたうった。涙があふれ水滴となって飛び散った。

 

 

 

「きみには、報いが必要だね。」

 

 

 

それでは、きみが最初にしよう。僕が復讐するのは

 

 

 

クリス、と
かれが私を呼び、
私はふるえながら、それを受け入れたのだ。

ティアトレイル

12/05/15